企業価値を高めるカーボンニュートラル、必要性と実践への道筋

気候変動という言葉は以前から存在していましたが、ここ数年でその意味合いは大きく変わり、企業にとっては直接的な経営課題へと姿を変えました。夏になれば記録的な猛暑が続き、各地では「これまでに経験したことのない」と形容される豪雨災害が頻発しています。こうした異常気象は、もはやニュースの片隅に置いておくものではなく、企業の事業継続そのものを揺るがす深刻なリスクとなりつつあります。
この気候変動という地球規模の課題に対し、解決の方向性として掲げられているのが「カーボンニュートラル」です。かつては環境部門の専門領域に留まっていたカーボンニュートラルは、現在では経営戦略の中核に位置づけるべき重要テーマとなっています。
本稿では、なぜカーボンニュートラルが企業にとって不可欠なのか、さらに、どのような視点で取り組むべきなのかについて、社会動向・経営視点・実務上の課題を踏まえながら紐解いていきます。

カーボンニュートラルとは

カーボンニュートラルとは、温室効果ガスの排出量を実質的にゼロにするという考え方です。例えば、石油を燃焼させると、温室効果ガスの一つである二酸化炭素が排出されます。一方で、植林や適切な森林管理を行うことで、光合成によって樹木が二酸化炭素を吸収します。このように、人為的に発生させた温室効果ガスの排出量から、吸収・除去される量を差し引き、その差分を実質的にゼロにした状態を、カーボンニュートラルと呼びます。
現在、世界各国ではカーボンニュートラルの実現に向けて、それぞれのシナリオや政策方針が策定され、具体的な取り組みが進められています。日本においても、温室効果ガス排出量を2013年度比で2030年度までに46%削減、2035年度までに60%削減する目標を掲げ、さらに2050年までにカーボンニュートラルを実現することを表明しています。

温暖化による地球への影響

カーボンニュートラルに取り組まないと、地球にどのような悪影響があるのでしょうか。
その理解にあたって、まず押さえておきたいのが温室効果の仕組みです。地球は太陽からのエネルギーによって暖められ、地表から熱を放出しています。その一部は大気中に存在する二酸化炭素やメタン、一酸化二窒素といった温室効果ガスによって吸収され、地表付近の気温が一定に保たれています。
もし温室効果ガスが存在しなければ、地表の平均気温は約マイナス19℃まで低下するとされており、人間の活動や生命の維持は極めて困難になります。つまり、温室効果ガスそのものは、本来我々にとって不可欠な存在です。しかし、近年の産業活動の拡大により、温室効果ガスが過剰に排出されるようになりました。その結果、大気中の濃度が上昇し、本来宇宙空間へ放出されるはずの熱が地球内部にとどまりやすくなり、地球全体の気温が上昇しています。これが、いわゆる地球温暖化です。

気候変動に関する政府間パネル(IPCC:Intergovernmental Panel on Climate Change)※1によると、世界の平均気温は1850年から2020年までに約1.1℃上昇しており、その主な原因は人間の活動による温室効果ガスの排出である可能性が極めて高いとされています。さらに、このまま有効な対策を講じず、化石燃料への依存を続けた場合、21世紀末には気温が4℃以上上昇する恐れがあるとも指摘されています。
そうなれば、海水面の上昇、異常気象(極端な降水/干ばつ、高温など)の発生、海水の酸性化、生態系の崩壊、水資源や食料の不足、インフラや経済活動への甚大な影響など、地球規模でさまざまな問題が生じる危険性が高まります。これらは単なる環境問題ではなく、社会や経済、企業活動そのものの前提条件を揺るがすリスクと言えるでしょう。

企業を取り巻く社会動向

こうした地球規模の環境問題を背景に、世界各地で脱炭素社会の実現に向けた動きが強まっています。特に欧州では、気候変動対策が経済政策の中核に位置づけられ、EUグリーンディール※2のもと、温室効果ガス削減目標の強化や炭素国境調整メカニズム(CBAM)※3の導入など、厳しいルール作りが進められています。これにより、EU域内へ製品を供給し、一定の条件に当てはまる企業には、サプライチェーン全体での排出量の開示が事実上求められるようになっているのです。
北米においては、トランプ政権交代後のパリ協定からの離脱や、CO2排出に関する規制緩和といった環境政策の後退は一部見られるものの、中長期的には再生可能エネルギーや電気自動車の導入拡大といった動きは進んでおり、企業には持続可能性を軸とした事業戦略の構築が求められています。また、中国も2060年のカーボンニュートラル実現を目標に掲げ、再生可能エネルギー分野への大規模投資や環境規制の強化を進めています。 これらの国際的な動きは、日本企業にとっても決して他人事ではありません。特に海外市場と取引のある企業や、多国籍企業のサプライチェーンに組み込まれている企業は、温室効果ガス排出量の把握や削減、情報開示への対応が避けられない状況になりつつあります。脱炭素への取り組みは、もはや一部の先進企業のみの課題ではなく、すべての企業にとって現実的な経営テーマになっているのです。

図1 各国のカーボンニュートラル表明状況
出典) 資源エネルギー庁公開情報より電通総研作成

カーボンニュートラルはビジネスチャンス

多くの企業にとって、カーボンニュートラルへの取り組みは、負担や義務として捉えられがちですが、視点を変えれば、大きなビジネスチャンスでもあります。近年、消費者の間では環境や社会への配慮を重視する「エシカル消費」が広がっており、環境負荷の低い製品・サービスが選ばれる傾向が強まっています。また、製品単位で排出される温室効果ガスの値を示す製品カーボンフットプリント(CFP)を算定・表示する動きも広まっており、企業にとっては環境配慮そのものを新たな付加価値として訴求できるようになってきました。
また、気候変動対策そのものが、新規事業創出の起点となる例も見受けられます。再生可能エネルギー、省エネ技術、蓄電池、水素関連技術、カーボンリサイクル、脱炭素素材などの分野では、世界的に投資が拡大しており、これまで環境分野と関わりのなかった企業にも、新たな参入機会が生まれています。既存の技術やノウハウを応用することで、新たな市場を切り拓く可能性も十分に考えられます。
さらに、環境意識の高い若い世代にとって、企業の脱炭素への姿勢は就職先を選ぶ際の重要な判断基準となりつつあり、カーボンニュートラルに積極的に取り組む企業ほど、理念に共感する人材を惹きつけやすく、結果として長期的な組織力の強化にもつながります。
金融面においても、ESG投資の拡大により、脱炭素経営を進める企業は融資条件の優遇や投資の呼び込みといったメリットを得やすくなっています。環境配慮型の企業への投資は、社会的意義と経済合理性の両面を満たすものとして評価されているのです。
このように、カーボンニュートラルは「守りのための対応」ではなく、「企業成長のための攻めの選択肢」へと変化しつつあります。早期に動き出し、自社の強みを生かした取り組みを進めることが、次の時代における競争優位性を築く鍵となるでしょう。

取り組みの第一歩は組織価値の向上

これまで、カーボンニュートラルに取り組む重要性やそのメリットについて述べてきましたが、現実には多くの企業がさまざまな課題を抱えているのも事実です。実際に、筆者がビジネス支援を行っている製造業の担当者からは、次のような声を多く耳にします。

  • 何から取り組めばよいのか分からない
  • 専門的な知識やノウハウが不足している
  • 情報が多すぎて整理・理解しきれない
  • 取り組みにコストがかかる
  • 排出量の算定方法など、基本的な部分が分からない
  • 従業員の環境意識が十分に高まっていない
  • 取り組みを主導できる人材がいない

では、カーボンニュートラルに向けた取り組みは、どこから始めればよいのでしょうか。その第一歩として有効なのが、「組織価値の向上」という視点です。組織価値を高め、社会価値を共創し、経済価値を獲得するサイクルを高度に循環させることで、カーボンニュートラルを実現し、企業価値を高めることにつながります。
組織価値とは、従業員の仕事への熱意やスキル、業務プロセス、IT システム、インフラなど、組織が目標を達成するための基盤となるものです。
社会価値は、企業が提供する商品やサービスによって、顧客や社会が享受する嬉しさのことです。高品質で環境に優しい商品・サービスを、適正な価格で顧客に提供することで、社会価値を高めることができます。社会価値には、顧客にとっての嬉しさを示す顧客価値や、環境へのやさしさを示す環境価値が含まれます。
経済価値は、株価、利益、キャッシュフローなど、貨幣で表せられる価値です。得られた利益を従業員に還元したり、プロセス整備やITシステム導入に投資したりすることで、組織価値を高めることができます。

図2 企業価値を高めるサイクル

カーボンニュートラルに取り組む羅針盤「グリーンイノベーションコンパス」

組織価値を高め、カーボンニュートラルを実現するための羅針盤として、当社独自のフレームワークである「グリーンイノベーションコンパス」をご紹介します。このフレームワークは、「プロセスの整備・遂行」「ツール整備」「組織力・人材力の強化」という3つの要素で構成されています。

図3グリーンイノベーションコンパス

まず、「プロセスの整備・遂行」は、「正しく問題を把握する」「有効な対策を立案する」「継続的に実行・管理する」という3つのステップに分けられます。
「正しく問題を把握する」ステップでは、企業活動における温室効果ガス排出量を算定し、全社だけでなく、拠点別・工程別・製品別といった観点から排出量を可視化します。その後は、気候関連のリスクや機会を特定するためのシナリオ分析を行い、それを踏まえて戦略を立案し、2030年や2050年などの長期目標から逆算したロードマップを策定します。
次に、「有効な対策を立案する」ステップです。ここでは、省エネ対策や再生可能エネルギー導入といった削減手段を検討し、それぞれについて投資判断を行います。また、サーキュラーエコノミーの視点を取り入れたビジネスモデルの検討や、気候変動対応を起点とした新規事業の可能性についても視野に入れて検討します。 「継続的に実行・管理する」ステップでは、立案した施策を着実に実行し、その進捗や成果を定期的にモニタリングします。排出量が計画通りに削減されているかを確認するとともに、プロセスそのものの見直しや改善も欠かせません。こうした取り組みを通じて、品質・コスト・納期・環境負荷といった各指標の目標達成を目指します。
続いて、「ツール整備」です。排出原単位テーブルの整備や、インターナルカーボンプライシングの導入、排出量を効率的に算定・管理するITシステムの構築などを行います。これらは意思決定の精度向上と、実務の効率化に大きく寄与します。
最後に、「組織力・人材力の強化」についてです。どれほど優れた仕組みを整えても、それを活用するのは人です。従業員の環境意識を高め、教育・研修を通じてグリーンスキルを獲得することが、取り組みを継続させ、成果につなげるためには不可欠です。
このように、「プロセスの整備・遂行」「ツール整備」「組織力・人材力の強化」の3つの視点で時間をかけて並行して取り組むことで、組織価値が高まり、カーボンニュートラルの実現に向けた道筋が、より具体的かつ現実的になっていきます。

まとめ

カーボンニュートラルは、もはや一部の先進企業だけが取り組むテーマではなく、すべての企業にとって避けて通れない経営課題となりました。気候変動の影響は年々顕在化し、企業活動やサプライチェーン、さらには社会や経済の基盤そのものにまで影響を及ぼし始めています。その一方で、脱炭素の潮流は、新たな市場やビジネス機会の創出、組織の強化、人材の獲得、資金調達の優位性といった、多くの成長機会をもたらしているのも事実です。
重要なのは、まずカーボンニュートラルに向けた一歩を踏み出し、行動しながら学び、改善していくことです。組織価値・社会価値・経済価値の好循環を意識し、自社の立ち位置を正しく理解することで、取り組みの方向性は自然と見えてくるでしょう。
当社が提案する「グリーンイノベーションコンパス」は、その道筋を示す実践的な羅針盤です。プロセス、ツール、そして組織力・人材力という3つの観点から企業の脱炭素経営を支援し、持続可能な成長への転換を後押しします。

参考文献:『グリーンイノベーションコンパス』江口正芳 / 2023・日本ビジネス出版

高橋 季大 コンサルティング本部 サステナビリティ戦略部 マネージャー

大手自動車メーカーにて内装部品の設計開発に従事し、企画から設計、製造までの一連の業務に携わる。品質管理やコスト削減を含め、量産を見据えたものづくりを幅広く経験。
電通総研入社後は、製造現場での実務経験を基盤に、企業の開発プロセス改革、人材育成、不具合未然防止など、現場に寄り添った多様な支援を展開。
現在はサステナビリティ領域を中心に、企業のCO₂排出量の算定・削減手段の検討や新規事業創出といったGX経営支援に取り組むとともに、自治体や公共団体と連携し、カーボンニュートラル社会の実現に向けた活動を行っている。

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