未来望遠鏡コラム#2 自社独自の価値観を再定義する―― 不確実な未来から「自社にとっての意味」を読み解く
「未来望遠鏡」連載コラムの第2回です。
前回のコラムでは、BANI時代における未来予測の限界と、客観的な潮流をそのまま受け入れるのではなく、自社の「価値観」というレンズを通して主体的に解釈する重要性についてお伝えしました。今回は、不確実な未来を読み解くための羅針盤となる、その「自社独自の価値観」の正体について、さらに踏み込んで考察します。
「すべき論」が招く戦略の死と現場の疲弊
数多ある未来のメガトレンドに関するレポートを前にして、現場の経営企画や事業開発の担当者からよく聞かれるのが、「次々と現れるトレンドへの対応疲れ」です。少子高齢化、カーボンニュートラル、生成AIの活用……。絶え間なく新たなキーワードが押し寄せ、そのすべてに対応しなければ時代に取り残される、という焦燥感に駆られています。
しかし、明確な価値軸を持たないまま、「この市場が伸びているから参入すべきだ」「他社が導入しているから我が社も活用すべきだ」といった、客観的データに基づく「すべき論」だけで戦略を立ててしまうと、深刻な問題が発生します。全員が同じ窓から未来を覗いているため、導き出される結論もまた競合他社と似通ったものになり、結果として「戦略の同質化」を招くこととなります。
自社の文脈を無視して「あるべき姿」だけを追うとき、戦略は空虚な言葉の羅列となり、現場は疲弊していきます。独自の意味が宿るのは、論理的な正しさの中ではなく、「なぜかこうしてしまう」という、自社の中に流れる固有の価値観の中にこそあるのです。
「意志」ではなく「在り方」としてのDNA
では、トレンド追従の疲弊から抜け出すための鍵となる「独自の価値観(=DNA)」とは、具体的に何を指すのでしょうか。
近年、多くの企業がパーパスやMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)を策定しています。これらは「私たちはこうしたい」「こうあるべきだ」という、未来に向けた尊い「意志」です。あるいは、戦略を立てる際に自社の強みとして挙がる、高い技術力や顧客基盤といった「アセット(資産)」を思い浮かべる方も多いかもしれません。
しかし、わたしたちが提唱する「DNA」は、それらとは全く異なるレイヤーに位置するものです。それは意志やアセットというよりも、「よくも悪くも、どうしてもこうしてしまう」という、企業の「在り方」そのものです。
効率が悪くても、反対されても、なぜかそこにこだわってしまう。この「理屈を超えた衝動」や、歴史の中で先人たちが直面した困難な局面で「何を選択してきたか」という積み重ねの中にこそ、その企業の本質的な価値軸が潜んでいます。DNAとは、頭で考えた「論理」ではなく、組織に染み付いた「在り方」なのです。
歴史に学ぶ、抗いがたい「在り方」の力
自社独自の「在り方」を特定し、未来のトレンドと結びつけるには、どのようなプロセスが必要なのでしょうか。ここで【図1:独自の価値軸を導出する3ステップ】のプロセスを紹介します。
図1:独自の価値軸を導出する3ステップ
Step1(What:こだわりの抽出): 現在の取り組みや現場の行動の中から「なぜか一貫して守り続けている泥臭いこだわり」を洗い出します。
Step2(Why:なぜこだわってしまうのか): その執着の源泉を深掘りし、歴史に根ざした思想を紐解きます。
Step3(Who we are:自社独自のDNAの特定): これらを統合し、独自の価値軸(DNA)として定義します。
このプロセスの本質を突く、ひとつの象徴的な例を見てみましょう。
かつてある大手企業で、技術者が手遊びとして、社内の「余り物の廃材」を組み合わせて玩具を自作していました。当時の経営層はその「廃材から生まれた遊び」に目を留めて製品化を命じ、これが空前の大ヒットを記録します。
このエピソードは、のちにこの企業を支える開発思想へとつながっていきました。最新のハイテク技術のトレンドを盲信するのではなく、すでに普及し安価になった技術を、まったく別の角度から「価値」として再定義する。これは、その企業が持つ「どんな素材であっても価値に変えてしまう、抗いがたい習性(在り方)」という強固なフィルターを通した結果、のちに世界的なイノベーションが生まれた好例です。
【図2:意味づけ(センスメイキング)の構造】のように、客観的な「世の中の潮流」という光が、「自社独自のDNA」というレンズを通ることで、単なる一般論が「自社にとっての意味(勝ち筋)」へと鮮やかに変換されるのです。
図2:意味づけ(センスメイキング)の構造
「自分たちのまま」で戦う強さ
独自の「在り方」を戦略の核に据えることの最大のメリットは、無理な背伸びやトレンド追従の疲弊から解放されることです。
世の中の変化を自社独自の価値観に照らし合わせることで、外部からの圧力ではなく、「どうしてもこうなってしまう」という内発的な動機に基づいた戦略が生まれます。これは、現場の従業員に対して「自分たちは何者であり、だからこそこの未来を創るのだ」という深い納得感をもたらします。
外部から借りてきた無味乾燥な計画をただこなすのではなく、自分たちのアイデンティティ(組織の魂)が未来の社会課題解決に直結していると感じられるとき、組織には自律的な活気と挑戦への勢いが生まれます。迷いなく自社らしさを貫くこと。それこそが、BANI時代において他社に真似できない強靭な競争優位(レジリエンス)を築く礎となります。
企業の「在り方」にこそ、未来の希望が宿る
いかがでしたでしょうか。第2回のコラムでは、企業の「意志」ではなく、逃れられない「在り方(DNA)」こそが、未来を意味づけるための源泉であることを解説しました。
戦略とは、自分たちではない何者かになろうとすることではなく、自分たちの本質を解き放つプロセスであるべきです。
一方で、自分たちの「在り方」を客観視し、不安定で目まぐるしく変化する世界の中でそれをつねに貫き通すことはかんたんではありません。そこで、次回の第3回コラムでは、この企業の在り方をモデル化し、経営者の思考を揺さぶり続けるパートナーとしての「分人AI」の可能性について深掘りします。
実際のご支援事例や、未来洞察サービス「未来望遠鏡」にご興味のある方は、以下よりご相談・ご連絡ください。お待ちしております。

野沢 明永 コンサルティング本部 戦略コンサルティングユニット 新規ビジネス開発部 シニアコンサルタント
静岡県浜松市出身。大手産業機器メーカーにて、技術サポートからソフトウェア開発、プロダクトマネジメント、中期経営計画策定まで幅広く従事。役員直下の専任組織で「コトづくり」をテーマとした新規事業を立ち上げ、米国にて主導。その後、AI開発スタートアップ企業にて、社会インフラ領域を管轄する事業責任者として、画像解析AIソリューションの社会実装を推進。現在は電通総研にて、新規事業構想やビジネスモデル設計、DX/AI戦略策定を支援する。“技術で人をしあわせにする”を信条に、大企業・スタートアップ両面での知見を活かした、実践的なコンサルティングを展開している。
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