キャッシュレス決済の進展と今後【後編】

レポートサマリー

2019年以降、日本では政府のポイント還元施策やスマホ決済の普及を背景にキャッシュレス決済比率が約1.5倍に増加し、2023年には約4割に達している。キャッシュレスを実現するための主な決済手段であるクレジットカード、QRコード決済、電子マネーのうち、特にPayPayを中心としたコード決済の伸びが顕著となっている。大韓民国(以下韓国)、中華人民共和国(以下中国)、スウェーデン王国(以下スウェーデン)、アメリカ合衆国(以下米国)などとの国際比較をした場合、各国の社会背景や利用決済方法には差があるものの、日本のキャッシュレス決済比率はまだ向上の余地があるものと考えられ、支払いを受ける中小店舗、高齢者や訪日外国人などへの対応が今後の課題となろう。

4. 海外主要国との比較(韓国・中国・スウェーデン・米国 等)

日本のキャッシュレス決済比率(2022年36.0%)は、国際的に見るとまだ中位程度新しいウィンドウで開きますであり、韓国や中国は日本を大きく上回る水準となっている。一方で欧米諸国でもキャッシュレス化が進む国と現金志向の強い国があり、その状況や政策には違いがある。ここでは韓国、中国、スウェーデン、米国の例を中心に、日本との比較をまとめてみると以下のようになる。

国名 キャッシュレス
決済比率
(主な年)
主な決済手段・特徴 政策的取り組みの例
日本

36.0%(2022年)
39.3%(2023年)

クレジットカード(オンライン・高額決済で主流)、電子マネー(Suica等のIC型)、QRコード決済(PayPay等スマホ決済)、デビットカード(シェア小)

政府がポイント還元事業やマイナポイント事業を実施
統一QRコード規格の整備、
給与のデジタル払い解禁

韓国

96.4%(2016年)
93.6%(2020年)

クレジットカードが圧倒的主流
近年はKakao PayやNaver Payなどスマホ決済も拡大

政府がカード利用額の所得控除20%やカード利用宝くじなどインセンティブを導入
一定規模以上の店舗にカード決済受入を義務付け

中国

60%(2015年)
83.0%(2020年)

QRコード決済が圧倒的(Alipay、WeChat Pay)
クレジットカードもあるが伸び悩み、都市部では「現金利用者は少数」と言われる状況

民間主導でモバイル決済が爆発的普及。政府はキャッシュレス化を容認・推進しつつ、近年は中央銀行デジタル通貨(デジタル人民元)の実証展開で決済インフラの公的管理強化を図っている

スウェーデン

48.9%(2016年)
80~90%(2020年代)

デビットカード利用が中心
モバイル送金アプリ「Swish」が国民的インフラ
現金利用率は極めて低く、直近では現金比率は1割未満

政府・中央銀行による直接のキャッシュレス推進策は特になし。銀行業界主導で全国民が使える即時決済アプリを提供。小売店での現金拒否が容認されるなど民間主導でキャッシュレス社会が進行(高齢者等のため法的対応議論もあり)

米国

47%(2016年)
推定50~60%(2020年代)

クレジットカード・デビットカードが主な手段。チェック(小切手)文化は縮小。モバイル決済(Apple Pay等)は普及拡大中だがカードに比べれば限定的

連邦政府による統一的なキャッシュレス推進策は特になし。民間のカード会社主導でポイント還元競争が古くから展開。逆にニューヨーク市など一部自治体では現金拒否を禁止し、事業者に現金受け入れを義務付ける法令も制定

出典:キャッシュレス推進協議会資料新しいウィンドウで開きますをもとにFINOLAB作成

4.1 韓国:世界最高水準のキャッシュレス社会

韓国は世界で最もキャッシュレス化が進んだ国と言われ、2010年代半ばにはキャッシュレス決済比率が90%台に達していた。特にクレジットカードの利用率が非常に高く、個人消費におけるカード決済比率は世界一である。韓国政府は1990年代末の経済危機以降、カード利用を促進するための政策を積極的に展開してきた。例えばクレジットカード使用額の20%を所得税控除の対象にしたり、カード利用者に対する宝くじ(抽選)特典を設けたりといったインセンティブ制度を導入した。さらに年間売上が一定規模(当初2,400万ウォン≒約240万円)以上の店舗にはクレジットカード決済受け入れを義務化し、カード未対応の事業者には罰則を科すような仕組みも整えた。これら政策的後押しにより、韓国では街の露店に至るまでカードが使える環境が整い、消費者も現金よりカード払いを好む文化が定着した。決済手段の内訳としては、長らくクレジットカードが中心で、デビットカードも日本よりは一般的である。近年はスマートフォンを使ったモバイル決済(Naver PayやKakao Payなど)も急速に広がっている。韓国は高速通信インフラやスマホ普及率が高く、若者を中心にQRコード・バーコード決済やNFCモバイル決済が浸透している。ただし、これらのモバイル決済も多くは紐づく元がクレジットカードであったり、銀行口座であったりするため、基本的なキャッシュレス基盤はクレジット/デビットカード網が支えている状況である。
韓国のキャッシュレス化は民間利用が進むだけでなく、行政サービスの支払いでも現金不要が徹底されている。公共交通はICカード(T-moneyカード等)で100%近くがカバーされ、税金や公共料金もオンライン決済が普及している。その結果、韓国では現金の流通量が極端に少なくなり、日常生活で現金を全く使わない人も多いと言われている。日本政府が「2025年にキャッシュレス比率40%」を目標とする中、韓国はその2倍以上の水準にあり、キャッシュレス先進国として一つのモデルケースとなっている。

4.2 中国:スマートフォンが実現した現金不要社会

中国は、この10数年で急速にキャッシュレス化が進展した国である。特に都市部においては、スマホ決済が現金やカードを駆逐する勢いで普及した。中国のキャッシュレス決済比率は2010年代半ばで約60%と報告されているが、その後も伸び続け、2020年頃には80%を超えたとの推計がある。現在は、小額から高額まであらゆる支払いで電子決済が利用され、「キャッシュレス大国」として知られている。中国で主流の手段は何と言ってもQRコードを使ったモバイル決済である。アリババグループの「Alipay(支付宝)」とテンセントの「WeChat Pay(微信支付)」という2大プラットフォームが市場を二分し、都市の商店や露店、市場に至るまでこれらのQRコードが掲示されている。消費者はスマホアプリでコードをスキャンするだけで支払いが完了し、銀行口座やカードから即時に引き落とされる。この利便性により、都市部では現金で支払う人はごく少数と言われるほどになった。タクシーや屋台ですら「現金お断り」でQRコード決済のみ対応というケースも珍しくなく、中国の若年層は財布すら持ち歩かずスマホだけで生活できると言われている。
従来、中国でも銀行のデビットカード(銀聯カード)やクレジットカードが普及しつつあったが、スマホ決済の爆発的拡大によってカードの存在感は相対的に薄れた。ECでの決済もAlipayやWeChat Payが主に使われ、銀行から直接チャージした電子マネー残高でオンライン・オフライン双方の買い物を済ませるというスタイルが一般化した。結果として、中国では「おサイフケータイ」ならぬ「おサイフスマホ」文化が定着し、デジタル人民元など新たな取組みに繋がっている。
中国当局は当初この民間主導のキャッシュレス化を黙認・後押ししてきた。モバイル決済が社会に浸透することで経済活動の記録がデータ化され、不正や汚職の抑止、金融包摂の向上に繋がると期待されたためである。しかし近年では、中国人民銀行(中央銀行)が「中央銀行デジタル通貨(CBDC)」である「デジタル人民元」を開発・実証しており、民間2強に偏った決済インフラに公的な選択肢を加える動きを見せている。これは決済データの主導権を政府側でも確保する狙いがあるとされ、経済全体のデジタル管理を強化する中国らしい取り組みと言える。

4.3 スウェーデン:現金利用が1割未満の北欧の例

スウェーデンは北欧の中でも抜きん出てキャッシュレス化が進んだ国として知られている。2010年代初頭にはクレジットカードやデビットカードの利用が当たり前となり、現金を使う人は年々減少していった。実際、スウェーデン中央銀行(リクスバンク)の調査では2018年時点で「直近の支払いで現金を使った」と答えた人は13%しかおらず、2010年の40%弱から大幅に低下新しいウィンドウで開きますしている。2022年にはその数値が8%程度にまで下がったとの報告もあり、もはや日常の決済の9割以上がカードかデジタル手段で行われている計算になる。
スウェーデンで主な決済手段となっているのは、デビットカードとモバイル決済アプリ「Swish」である。Swishは銀行間で共同開発されたリアルタイム送金アプリで、電話番号さえ分かれば個人間送金や店舗支払いが即座にできる仕組みである。国民IDと銀行口座がひも付いたBankIDシステムと連携しており、銀行口座から即時に相手の口座へ資金移動が行われる。消費者同士の割り勘からフリーマーケットでの支払い、教会の献金に至るまでSwishが使われ、「現金を必要としない社会」を象徴する存在となっている。
クレジットカードも広く使われるが、スウェーデンでは与信よりも即時決済を好む文化があり、多くの人が銀行発行のデビットカード(Visa/Masterのオンラインデビットなど)で支払いを済ませる。そのためクレジットカード利用率は欧米平均と比べ突出して高いわけではなく、「現金を使わない=即時払いの電子決済」が主流という点が特徴である。
政策面では、スウェーデン政府が直接キャッシュレス推進のキャンペーンを張ったわけではなく、社会全体のデジタル化志向と金融機関のサービス展開が牽引役となった。銀行は早くから支店での現金取り扱いを削減し、店舗でも「現金お断り」を掲示する動きが一般化した。ただ、進みすぎたキャッシュレス化に対して近年は高齢者やデジタル弱者の取り残しが問題視され、中央銀行が「最低限の現金インフラも維持すべき」との提言を行うなど、社会的議論も起きている。それでもスウェーデンは「世界で最も現金が使われなくなった国」と称され、2020年代半ばにも完全キャッシュレス社会になると予想されている。

4.4 米国:カード社会だが政策主導は限定的

米国は、クレジットカード社会の代表格ではあるが、キャッシュレス決済比率そのものは実はアジアの先進国ほど高くない。2010年代半ばの推計では約47%とのデータがあり、その後徐々に上昇しているものの、依然として小口では現金利用も残存している。米国は連邦政府による全国的なキャッシュレス推進策は特になく、マーケット主導で電子決済が発展してきた歴史がある。
消費者の支払い手段としては、クレジットカードとデビットカードが二大中心である。特にクレジットカードはポイントやマイル付与などの特典競争が激しく、リボ払いによるカード会社の収益も大きいため、民間主導で利用が拡大してきた。デビットカードも銀行口座保有者には広く行き渡っており、小売店の決済インフラ(POS)は基本的にカード前提となっている。反面、日本や韓国に見られるような即時決済系の電子マネー(プリペイドカード)はそれほど一般的ではなく、ギフトカードやプリペイド式クレジットカードが限定的に利用される程度である。
近年では、Apple PayやGoogle Payといったスマートフォン内蔵の非接触決済(NFC)やPayPalなどのオンライン決済も普及が進んできた。しかし店舗レジでの支払いは依然カードをプラスチックで差し込むか、タッチするスタイルが多く、モバイルウォレット決済の比率は限定的である。また個人間の送金にはVenmoやZelleなどのサービスが利用されているが、日本のように全国民共通の送金インフラがあるわけではなく、決済手段は全体として多様化している。
政策的な特徴として、米国ではキャッシュレス化を推奨・補助する動きは連邦レベルでは見られない反面、逆にキャッシュレス専用店舗を制限する動きが出てきている。ニューヨーク市やサンフランシスコ市などでは、キャッシュレス決済しか受け付けない店舗を禁止し、現金受け入れを義務付ける条例が制定された。これは銀行口座やカードを持てない低所得層(アンバンクト)の人々への差別を防ぐ目的によるもので、こうした動きは一部に留まるが、米国ならではの社会事情と言える。
総じて米国は、民間のカードネットワークと市場競争によってキャッシュレスが浸透してきた国であり、政府主導で数値目標を掲げる日本とは対照的である。その結果、世界全体で見るとキャッシュレス比率は中程度であるが、人々の生活から小切手が姿を消し、ネットショッピングや定期支払いはカード/口座引落しが当たり前になるなど、日常の利便性の面では高度にキャッシュレス化された社会と言える。

5. さいごに

2019年以降の日本におけるキャッシュレス決済の進展状況をデータとともに概観し、主要な決済手段の動向、政府の取り組み、さらに海外主要国との比較について整理してきた。日本ではこの数年でキャッシュレス決済比率が大きく上昇し、政府目標の「2025年までに40%」達成が確実となっている。QRコード決済の急伸やマイナポイント事業による利用促進など明るい材料がある一方で、決済手段の選択肢が増えすぎたことで、消費者、特に高齢者層の利便性確保には課題がみえてきている。
消費者への経産省の調査(2023年)新しいウィンドウでPDFファイルを開きますにおいては、生活の中でキャッシュレスに消極的な層は3割程度となっていることから、キャッシュレス指向がかなり浸透していることが分かるが、同じ調査の店舗側の回答においては、キャッシュレスにメリットを感じていない層が半分程度存在していることから、今後さらに決済比率を上げていくためには中小規模の店舗サイドに配慮した施策が必要となることが考えられる。
2024年には10月時点で3,000万人超となった訪日外国人にとっても、通貨の両替をせずに支払いができるキャッシュレス決済の拡大はメリットとなるが、日本独自の決済手段だけでは利用できないことから、国際ブランドのクレジットカードやコンタクトレス決済の普及に加えて、QRコード決済の標準化にも期待が集まっている。

※本レポートに記載された会社名・商品名は、それぞれ各社の商標または登録商標です。

※キャッシュレス決済の進展と今後【前編】はこちら

執筆者:柴田 誠 Head of FINOLAB, Chief Community Officer
日本のフィンテックコミュニティ育成に黎明期より関与。2016年にFINOVATORS創設に参加。2018年三菱UFJ銀行からJDD(Japan Digital Design)に移り、オックスフォード大学の客員研究員として渡英。2019年より電通総研(当時ISID)に入社し、同年株式会社FINOLABの設立と同時に現職就任。2021年からはUI銀行の社外監査役も兼任。

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