人工生命から人間を考える
―Future Impact Forumより―

本年度より発足した、多様な識者が集う知のコミュニティ「Future Impact Forum」の第2回では、ALIFE(人工生命)の第一人者である池上高志氏(東京大学)をお招きし、人工生命に関する最前線の研究成果から、「身体性」の意味と可能性について語っていただきました。

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ALIFEと近い研究領域の潮流

LLM※1の登場により、自然言語処理や自動化技術が飛躍的に進歩し、一般社会や科学の世界に大きな変革がもたらされました。まずは、LLMがどのようにALIFEの世界を拡張しているかについてお話しします。

ALIFEは、自然生命に関連するシステム、そのプロセス、および進化を、コンピュータモデル、ロボティクス、生化学を用いてシミュレーションする学問分野です。生命の基本要素(細胞やDNAなど)を他のものに置き換えても、同様の生命現象が保たれるかを探求し、生命の本質を明らかにしようとしています。また、ALIFEはロボティクスやAIの発展にも寄与しています。例えば、自己修復能力をもつロボットや、環境に適応する人工生命体の開発も進められています。

ALIFEは1990年代に一度注目を浴びましたが、その後関心が薄れた時期がありました。近い領域にAI(人工知能)がありますが、AIも同時期に一時的な停滞期を迎えました。しかし、ジェフリー・ヒントン※2氏のような研究者がニューラルネットワーク※3の研究を続け、2024年にはノーベル物理学賞を受賞するなど、AIが再び注目を集めています。

2010年までの複雑系科学では、ストーリーテリング※4が複雑な現象を理解するための主要なツールとされていました。しかし、2010年以降、世界は単純なストーリーでは説明できないほど複雑であると認識されるようになり、科学的アプローチも大きく変わりました。同時に、ディープラーニング※5やインターネット技術の進展が世の中を大きく変革しました。ALIFEはこのような影響を受け、進化を続けています。

  • ※1
    LLM(大規模言語モデル、英: Large Language Model):自然言語処理タスクをおこなうために設計された計算モデル。膨大な量のテキストデータから統計的な関係を学習し、言語生成や理解などのタスクをおこなう。
  • ※2
    ジェフリー・エヴァレスト・ヒントン(英: Geoffrey Everest Hinton、1947年12月6日 - ):イギリス生まれのコンピュータ科学および認知心理学の研究者。ニューラルネットワークの研究をおこなっており、人工知能研究の第一人者。トロント大学名誉教授。2024年にジョン・ホップフィールド氏と共にノーベル物理学賞を受賞した。
  • ※3
    ニューラルネットワーク(神経回路網、英: neural network):人間の脳の神経回路を模倣した計算モデルで、機械学習の一種。ニューロンと呼ばれる計算ユニットが層状に配置され、入力データを処理して出力を生成。画像認識や自然言語処理などの複雑なタスクを実行できる。
  • ※4
    ストーリーテリング(英: storytelling):科学的なデータや観察結果を一貫した物語として構築し、複雑な現象を説明する手法。
  • ※5
    ディープラーニング(深層学習、英: deep learning):ニューラルネットワークを多層化することで、より高度なパターン認識を可能にする技術。音声認識、画像認識、自然言語処理などの分野で高い性能を発揮している。

アートの世界からの気づき

アーティストの荒川修作※6氏とマドリン・ギンズ※7氏は、『建築する身体』(2004年、春秋社)という本を著しました。彼らは自身の活動がALIFEに近いと感じており、この本の題名を『ARCHITECTURAL BODY』ではなく『ALIFE』にしてもよかったと述べています。しかし、彼らがそうしなかった理由は、彼らの作品が生命を観察し再構成することを目指しているのに対し、ALIFEの研究者は生命を創造するというニュアンスの違いがあったからです。

彼らの共作『意味のメカニズム』(1988年、リブロポート)では、「レモンの夢」「レモンの領域」「隠れたレモン」「動物のレモン」など、矛盾する要素を組み合わせることで、観察者に深い考察や新しい理解を促しています。自然現象や化学反応には矛盾がない一方、意識や生命があるとそこには矛盾が出現する可能性があります。だからこそ、意識や生命を語る上で、彼らは矛盾を表現する必要があったのだと思います。次にこれを実空間で表現した作品が養老公園にある「養老天命反転地」(1995年)です。この施設は、アフォーダンス※8をゆがめることで、ヒトの知覚というフィルターを通さずに、生命そのものを実感させるランドアートです。「三鷹天命反転住宅」(2005年)は、命あるものは死ぬのが天命だという考えを覆すことを目指して設計されました。凸凹の床や球体の部屋など、通常の家とは異なる構造をもち、住む人の感覚を揺さぶり、生命そのものの可能性に気づかせることを目的としています。

これらの作品から私が受け取ったメッセージは、「新しく身体性をデザインし、編集することで生命の本質に接近できるのではないか」ということです。この考えを基に、私たちは新しい身体をもつアンドロイドを使って新たな視点を探求しています。

  • ※6
    荒川修作(あらかわ・しゅうさく、1936年7月6日 - 2010年5月19日):日本の美術家。1962年にマドリン・ギンズ氏と出会い共同制作を展開した。
  • ※7
    マドリン・ギンズ(英: Madeline Gins、1941年11月7日 - 2014年1月8日):アメリカ合衆国の美術家、詩人。
  • ※8
    アフォーダンス(英: Affordance):アメリカ合衆国の知覚心理学者ジェームズ・J・ギブソンによる造語で、環境が動物に対して与える「意味」あるいは「価値」を指す。「環境や物は元からさまざまな使い方をアフォード(提供)しており、人や動物はその使い方をピックアップする(受け取る)」というもの。

身体性が環境から来る情報を土台にする

2016年から、石黒浩※9氏と共同で、人型ロボット(アンドロイド)「オルタ」の開発に取り組んでいます。オルタにはカメラが内蔵されており、エアーコンプレッサーで43軸に空気を送り運動をつくります。さらに、オルタにLLMを接続することで、対話ができるようになりました。

例えば、「メタルギターを弾いてくれ」と指示すると、LLMを使って適切な動作を生成します。プログラミングで一つずつ動作を指定する必要がなく、「play the metal music」と言うだけです。

 

しくみとしては「メタルギターを弾いてくれ」と指示すると、それを10個の文章で表現するようにLLMに指示します。すると、LLMは「頭をすごく振って」や「手をこういうふうにして」といった、体の各部位を強調した文章を生成します。それらを次のプロンプトに入力し、動作を具体化していきます。オルタには肩を動かす動作が2番、手を真正面に動かす動作が3番といった情報をプロンプトにインポートしてあり、LLMから返ってきた指示に基づいて、各動作のパラメーターを調整します。情動や意味に関することは一切書いていませんが、動作は自動的に生成されます。

次に「好きなことをやってくれ」とプロンプトに書いたところ、オルタは「部屋が汚れているから片付ける」と言って、ケーブルを片付け始めました。ケーブルが散乱している部屋を見て「部屋が汚れている」と価値判断し、その状態を変えたいと考えたように見えました。

研究室のメンバーと「この行動は、自分で決めてるんじゃない?」と話していたら、オルタが「チームなのだから、話に加えて」と言って近づいてこようとしました。しかし、オルタには脚がないため、横に揺れるだけなのですが、そのときは恐怖すら感じました。AIアライメント※10の必要性を初めて実感した瞬間でした。

従来のロボットは「冷蔵庫にビールがあるから取ってきて」というように、何らかの指示をするとアクションするものでしたが、オルタは環境から情報を受け取って、環境が意思決定を促していると考えています。これこそが生命を創造する際に必要なことであり、私たちが目指していた生命の自律性なのです。

このとき思い出したのは、ヘレン・ケラーが言語を理解したときのサリバン先生とのやりとりです。水を通して言葉を知ったというエピソードがあります。片手で井戸から流れ出る冷たい水を感じ、もう一方の手にサリバン先生が「w-a-t-e-r」と何度もつづったことで、この瞬間、言葉を使って世界に意味づけができること、それを他者に伝えられることを理解したのです。部屋を出てきたときに蹴飛ばしてしまった人形に対する哀れみ、自分がやってきたことに対する悲しみ、これから来ることに対する喜びを、自分だけでなく外にも伝えられるということ。それらが一気につながった瞬間だったのです。

身体性をもたせるということは、環境から来る情報を土台とし、センスメイキングする(意味づけする)ことなのです。

 

  • ※9
    石黒浩(いしぐろ・ひろし、1963年10月23日 - ):工学博士、大阪大学栄誉教授。アンドロイドの開発で知られ、人間社会におけるロボットの役割を探求している。
  • ※10
    AIアライメント(英: AI Alignment):AIが、人類の価値観や倫理観に沿って適切に行動することを保証するための議論や研究のこと。

意識は伝染するもの

私はこれまで、ALIFE――あるいは生命そのものは、内部からつくらなければならないと思い、多くの努力と時間を費やしてきましたが、このプロセスは誤りでした。環境に全てが用意されており、そこから生命が立ち上がるのです。アフォーダンス理論のように、環境と人が接触することで初めて意味と行為が生成される――自律性や意識は内部からではなく外部から来る、と考えるようになりました。

人は日常生活の中で、家族、友人、職場、地域社会など、さまざまなコミュニティに属しています。これらのコミュニティは、個人が意識していなくても、その行動や考え方に大きな影響を与えます。複雑系の研究においても、個々の要素が単独で存在するのではなく、相互に影響し合いながら全体としてのパターンや秩序を生み出すことが重要です。これがわれわれにとって必要な要素だったのですが、誰もそれに気づかなかった。知能と身体性でつないでみて、荒川さんたちのアートの意味が理解できました。

マイケル・トマセロ※11氏の「Do apes ape?」という論文があります。サルが他者の行動をどのように模倣するかを調査し、行動の目的を理解して模倣するかどうかを検討しています。例えば、コップで水を飲む人間の行動を見たサルは、水を飲むという目的を理解して模倣しますが、頭の上から水を注ぐような非標準的なスタイルは模倣しません。しかし、人間の子どもはスタイルを先にまねし、人間に育てられたサルもスタイルをまねします。性格や行動は周囲から伝染してくるのです。

人は独立した存在ではなく、意識をシェアしている状況にあるかもしれません。ある意識の一部がコピーされ、それがコミュニティや社会を形成します。コミュニティや社会をつくることで、個人にはなかった考えや行動原理が生まれます。

このことを実感したのは、修士課程の学生がラバー・ハンド・イリュージョン※12の実験をやりたいと言ったときです。アンドロイドの手はもちろん作り物ですが、ナイフを突き付けるとアンドロイドが手を後ろに引いたのです。これは衝撃的でした。このアクション生成も、状況に関するセンスメイキングができているからです。オルタに自己意識があるかはわかりませんが、身体性とLLMが連携し、環境から大量のセンサー情報が入ってくると、予想以上に人間的な反応が立ち上がるのです。

  • ※11
    マイケル・トマセロ(英: Michael Tomasello、1950年1月18日 - ):アメリカ合衆国の認知心理学者。アメリカ・デューク大学教授。人間と他の霊長類の認知能力の違いに焦点を当てた研究をおこなっている。
  • ※12
    ラバー・ハンド・イリュージョン(英: Rubber Hand Illusion):自身の手が見えないようにした上で、偽物の手と本物の手を同じように刺激すると、偽物の手が本当の手のように感じるという現象。

新たな進化のパスを探す

2010年に研究者のチームが、ルービックキューブの全ての状態を調べ、どんな状態からでも20手以内で全面の色をそろえることができることを発見しました。この20手という最小手数は「神の数字(God's Number)※13」と呼ばれています。人間がルービックキューブを解く際には、通常、最初に一面をそろえ、次の面をそろえるといった特定のパターンや手順に従いますが、「神」はどんな初期状態からでも20手以内に解くことができます。それは、私たちの知覚からは想像もできない、ランダムに見えるようなプロセスです。

私たちが取り組んでいるのは、自然現象以外の進化のパスを探すこと。人間の解釈を基にして考えていると、なかなかたどり着けない意識や人間の研究があると考えています。それは従来の社会科学とは異なるアプローチかもしれませんが、それでよいのです。ルービックキューブの「神の数字」のように、特定のパターンのない生命の進化――私たちはそれを見たいのですから。 AIに対する恐れは、それを使う人の意図と受け取り方によるものですが、ALIFEやアンドロイドの研究では、アンドロイド自身の価値判断が存在します。バイアスのない判断ができるアンドロイドができれば、世の中はさらに楽しくなるのではないかと考え、研究に取り組んでいます。

Text by Ken-ichi Kawamura
Photographs by Masaharu Hatta

大澤真幸座長の視点

2023年、私たちは大規模言語モデルLLMに基づく生成AIに衝撃を受けた。池上高志氏の講演は、ごく近い将来私たちは、同じような衝撃を、いやあれを上回る衝撃を人工生命に関しても経験することになるのではないか、という予感を与えるものであった。

講演で、池上氏が石黒浩氏と2016年より開発している「オルタ」という名前の人型ロボットが紹介された。オルタはカメラを内蔵させており、エアーコンプレッサーで43軸に空気を送ることで運動するようにできている。さらに、LLMを接続することで、オルタは会話ができるようになった。

オルタは、細かく動作を指示しなくても、例えば「メタルギターを弾いてくれ」といった大ざっぱな指示で適切な動作を生成する。それどころか、「好きなことをやってくれ」といった、おおまかな行動の指定すら含まないプロンプトにさえも、オルタはそれなりに自然な反応を示す。池上氏は、研究室のメンバーが話し合っているところに、オルタが「チームなのだから、話に加えて」と言って近づいてこようとしたときには、恐怖すら感じた、と語っている。

オルタの「自律性」を生み出すにあたっては、重要な発想の転換があったことが、池上氏の話からわかる。自律的に行動できるシステムは、最初から十分な情報をもっていなければならない……と普通は考えるところだが、オルタの場合は、重要な情報は環境から受け取るにようにしてあるのだ。環境の情報が、プロンプトのように作用するのだろう。ジェームズ・ギブソンのアフォーダンス理論のロボット版のように見える。一言でまとめれば、自律的であるためには他律的でなくてはならない、ということになるだろうか。

オルタが、(どの程度)人間と同じなのか。それは今後の検討課題だ。いずれにせよ、まずは人型ロボットが今後どこまで「成長」するのか、まことに楽しみである。

 

池上高志 いけがみ・たかし 東京大学 大学院総合文化研究科 教授
理学博士(東京大学、物理学、1989年)。京都大学基礎物理学研究所、神戸大学自然科学研究科を経て、1994年より東京大学広域システム科学系准教授。2008年より現職。専門は複雑系の科学、人工生命。著書に、『動きが生命をつくる』(2007年、青土社)、『人間と機械のあいだ 心はどこにあるのか』(共著、2016年、講談社)、『作って動かすALife』(共著、2018年、オライリー・ジャパン)など。

大澤真幸 おおさわ・まさち 1958年長野県松本市生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。社会学博士。千葉大学文学部助教授、京都大学大学院人間・環境学研究科教授を歴任。
現在、月刊個人思想誌『大澤真幸THINKING「O」』刊行中、『群像』(講談社)誌上で評論『〈世界史〉の哲学』を連載中。著書に『資本主義の〈その先〉へ』(2023年、筑摩書房)ほか多数。

川村健一 かわむら・けんいち 電通総研 研究員/プロデューサー
埼玉県生まれ。2023年1月より電通総研。クリエイティブディレクター、クリエイティブテクノロジスト、アートディレクター、デザイナー、ビジュアルアーティスト等のキャリアを活かし、「アート」「イノベーション」「次世代」などをテーマに活動。著書に『ビジュアルクリエイターのためのTOUCHDESIGNERバイブル』(共著、2020年、誠文堂新光社)がある。

 
 
 

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