日常にあふれるケアをみつけるために
「みる、みつける、ケア展 ──ちいさなケアのみつけ方」

ケアは、育児や介護のみならず、日常のさまざまな行為を束ねる広がりをもったものとして近年注目を浴びています。電通総研は、2024年11月22日から28日まで、「みる、みつける、ケア展 ──ちいさなケアのみつけ方」(会場:下北沢BONUS TRACK GALLERY)を開催しました。本展示会は、電通総研が2024年8月に発表した「ケアに関する意識調査」を基に、ご来場いただいた方が日常にあふれるちいさなケアをみつけられるようになることをめざしました。

はじめに、「ケアに関する意識調査」にもご協力いただき、展示会の監修も務めてくださった岡野八代教授(同志社大学大学院) から、次のような言葉を寄せていただきました。

 
 

中世ドミニコ会の修道士が、〈人間はケアする人びとhomines curans〉と、複数形で表現したことがあります。

他方で、わたしがケアの力を感じたある映画では、他者と交わることを避けていたひとが、花壇の花の世話をすることで他者にも少しずつ心を開いていきました。

ケアが向かう対象は、人間だけとは限りません。本展示会は、ケアする・される経験について、みなさんが振り返る機会となることを願って企画されました。ケアは自分の外に関心を向けることのように思われがちですが、今日みなさんが気づかれるのは、ケアを通じて自身と向き合い、自分のなかにいくつものケアの記憶が混在していることなのかもしれません。

そのちいさなケアの混在は、モノや他者、そして世界に囲まれているわたしたちのなかにこそ、見知らぬ世界が広がっていることを伝えてくれるでしょう。

 

岡野八代

 

さまざまな人のケアの経験に触れることで、自分のなかのケアの記憶もまた呼び起こされ、自分以外の人やものとの関わりに気がつく。ケアした・された経験を思い起こすことが、自分の中の他者の記憶とつながること、そして自分のなかの知らない自分との出会いにもつながる。 この展示会は、ケアをみつけるとともに、そのような契機の一つになることを願った企画です。

以下、展示の意図や背景なども含めてご紹介します。

第1部:ケアってなんだろう?

導入となる第1部では、「あなたにとってのケアとは何か?」と「ケアした・された経験」について、看護師、作家、アーティスト、俳優など、さまざまな分野で活躍する20人※1から寄せられたコメントやメッセージを展示しました。

 

ケアは広い意味をもつ言葉だからこそ、人それぞれその定義や思い起こされる経験も異なります。ここでは、20人それぞれの経験から寄せられた多様なケアのイメージに触れることを通じて、ケアという言葉の意味の広さや、ケアのいろいろな姿を感じていただけるように構成しました。名前の書かれた箱を一つ一つ開けると、生きることに関する話、つらかった経験の話、日常生活のなかで意識している話などをご覧いただけるように設計しました。ご来場いただいた方には、「これもケアだったのか」と、多様なケアをみつけるきっかけとなったのではないでしょうか。

第2部:起きてから眠るまでのケア辞典

続く第2部※2では、全国3,500人に尋ねた「ケアした経験」と「ケアされた経験」について、起きてから眠るまでの1日の時間の流れに合わせて並べ、会場内につくった小部屋のなかに展示しました。

毎日の家事にまつわるものから、つらい時に寄り添ってくれた、ボケに突っ込んでくれた、といった特定のタイミングに起こるものまで、さまざまなケアの経験が集められました。頻度も大変さも異なる行為の一つ一つ全てがケアになることを、1日の流れに沿ってゆっくりと感じていただくため、小部屋のなかでぐるりとケアの経験に取り囲まれるようなつくりにしました。そのなかには、「深夜、ホームに落ちた人を周りの人と一緒に助けた」「配信を聴いて楽しませてもらっている」「おいしいラーメン屋さんをみつけたので友達に薦めた」「やる気が起きないので、友達に作業通話に付き合ってもらった」などがあります。ちょっとしたことから命に関わるものまで、ケアが多様な広がりをもつことをみていただきました。また、展示されたケアのエピソードにまつわる環境音を同ブース内で流し、目でみるだけでなく耳からもケアの風景を感じていただきました。

第3部:誰が、どのくらいケアをする?

第3部では、調査のデータを活用し、誰がどのくらいケアを担っているのかを、グラフと表で展示しました※3

ここでは、ケアをしているか、それは誰に対してか、自身はケアに向いていると思うかなどの意識を尋ねた結果をまとめています。第2部までにイメージしてもらったさまざまなケアについて、実社会では誰がどのくらい担っているのかを数字でもみていくことで、ケアがどのようにおこなわれているか、社会全体の傾向を感じていただきました。

第4部:一番ケアしたいのは?

第4部では、調査で尋ねた「一番ケアしたいもの」を展示しました。

調査からは、家族や友人など、親しい人へのケアをしたいという声がたくさん寄せられたのですが、それ以外にも多様なものがケアの対象になることを感じていただけるように、さまざまな回答をピックアップして展示しました。「家回りのポイ捨てゴミや落ち葉の清掃」「マージャンにおいて初心者で困っている人には手を差し伸べていきたい」「娘の望む道へのサポートをしたい」「町内でお役に立ちたいかなと思っている」といった身近で具体的な対象や、「傷ついている人に優しい言葉をかけてあげること」「高齢者に対するちょっとしたケア」「人の、表出しない思いをくみ取ること」など社会のなかで他者と共に生きていく際の指針に近いもの、そして「ガザ地区の日々の生活もままならない人々」「地球や他の動物に対して迷惑にならないように生きる」「世界平和」など、グローバルな社会問題に目を向けた回答もありました。

おわりに:来場者の「ケアした経験/された経験」

展示の最後に、来場者自身が「ケアした経験」と「ケアされた経験」を書き込むノートを設置したところ、「ここにくる前に美容師さんに髪を切ってもらった」「お気に入りのカフェで癒やされてからここにきた」など、タイムリーで情景が浮かぶような書き込みや、「職場で趣味のお茶を振る舞ったら喜んでもらえ、自分もうれしい」「犬の世話をしてケアしているつもりだが、犬の存在にいつもケアされている」など、多くの方々がご自身の経験を書き込んでくださいました。誰かの書き込みに対し、後からみた方が「わかる!」「すてきですね!」とコメントを寄せるなど、ノートを通じた交流も生まれました。私たち企画チームも、皆さまからの書き込みを通じ、新たにケアのイメージが膨らみました。

ほかにも、「この展示を通じてケアが身近なことに気がついた」「思ったよりも毎日ケアしていた」など、ケアを「みる、みつける」経験となったという書き込みも寄せていただきました。

サイドイベント
「ちいさなケアのみつけ方 いま改めて考えるケアの倫理」

本展示会に関連する特別企画として、2024年11月30日、岡野八代教授と重田園江教授(明治大学)による対談イベント「ちいさなケアのみつけ方 いま改めて考えるケアの倫理」をギャラリー2階の書店にて開催しました。

対談の冒頭に、岡野先生から展示会についてご紹介いただいた後、お二人の専門の立場から、ケアという概念がもつ思想的な歴史や重要性、そしてケアはその価値を低く見積もられてきた点を振り返りつつ、なぜいまケアが大事なのかについての意見が交わされました。これからの社会や経済を構想するためには、個人の捉え方を変えること、すなわち近代以降の経済学や政治学の理論が前提にしてきた、「自分の利潤の最大化を合理的に追求したり、自由意志に基づき政治的決定をおこなったりする個人」といった抽象的な捉え方をするのではなく、「現実の暮らしのなかで多様な葛藤を抱えながら生きる具体的な個人」から社会や政治を構想していくことの大切さが指摘されました。そうした観点から、いかにケアがこれからの社会の基盤となる可能性をもつかについて語っていただきました。

展示会を終えて

限られた会期にもかかわらず、私たちの予想を超えるのべ7,600名(概算)という多くの方々が、会期中ご来場くださいました。展示会を通じて、日常にあふれるケアの存在を、少しでも多くの方々に感じていただけましたら、とてもうれしく思います。
日常にあふれるケアを感じ、多様なケアの形をみる経験を通じて、一人一人が自分を振り返り、それぞれのケアをみつけていただけました。ご来場くださった皆さま、そしてご協力いただいた皆さまに、心より感謝申し上げます。

展示企画協力:散歩社/me and you

  • ※1
    下記の方々(五十音順・敬称略)が、コメントやメッセージを寄せてくださいました
    展示参加者一覧(五十音順・敬称略):
    浅田智穂(インティマシー・コーディネーター)
    安達茉莉子(作家・文筆家)
    池田勝彦(ヤマザキショップ代田サンカツ店主)
    大沢かずみ(シモキタ園藝部員・イラストレーター)
    小川紗良(文筆家・映像作家・俳優)
    大日方邦子(パラリンピック金メダリスト)
    尾山直子(訪問看護師・写真家)
    栗本凌太郎(日記屋月日 店長)
    小林涼子(俳優・AGRIKO代表取締役)
    金野千恵(建築家)
    杉田協士(映画監督)
    静電場朔(アーティスト)
    妹尾正教(社会福祉法人仁慈保幼園 理事長)
    ナカダリオ(クリエイター)
    永井玲衣(哲学研究者)
    haru.(クリエイティブディレクター)
    堀口こみち(ぬいぐるみ病院理事長)
    百瀬文(美術家)
    山口祐加(自炊料理家)
    和田彩花(アイドル)
  • ※2
    第2部から第4部で取り上げた調査では、岡野八代教授と検討の上、ケアを「他者のニーズ(してほしいこと、必要なこと)を気にかけ、配慮し、世話する」ことと定義しました。ケアは、多様な定義が可能ですが、調査においてはこのようなケアの定義を採用することで、日常にあふれるケアの経験や意識について明らかにすることを目的としています。
  • ※3
    調査においては、国勢調査に基づき日本における性・年代の人口構成比に合わせて回答者を割付したことや、ケアのジェンダー間の偏りがケアを論じる上で重大なテーマであることから、展示会では男女別の傾向を示しましたが、男女以外の多様な性自認をもつ人びとを排除する意図はありません。展示会に設置したノートへは、ノンバイナリーの方々からもご意見をいただきました。書き込みいただき、ありがとうございました。ケアにおける多様な性の方々のもつ意識や経験については、今後のさらなる研究課題としたいと思います。

Text by Akane WAKASUGI
Photographs by Masaharu Hatta

スペシャルコンテンツ