電通総研コンパス vol.12 ケアを考える——生きるを支える行為たち

昨今、様々なメディアにおいて「ケア」という言葉を目にすることが増えていないでしょうか。「ケア」は、育児や介護のみならず、日常の様々な行為を束ねる広がりを持った言葉として、アカデミックな分野を超えて、広く注目を浴びつつあります。そこでわたしたちは「ケア」をテーマとした調査をおこない、日常生活の中で人がどのようにケアと関わりを持っているかを調べました。

ケアとは

ケアは、20世紀後半になって広く論じられるようになった比較的新しい概念です。1982年にキャロル・ギリガンの著書『もうひとつの声』が出版されたことを出発点として、倫理や政治の分野で急速に重要な概念として扱われるようになってきました。ケアは日常生活においてのほとんどすべての行為に関連する概念です。もっとも広く知られている定義はアメリカの哲学者ジョアン・トロントとベレニス・フィッシャーのもので、ケアを「わたしたちがこの世界で、可能な限り善く生きるために、この世界を維持し、継続し、そして修復するためになす、すべての活動」(ジョアン・C・トロント「ケアするのは誰か?——いかに、民主主義を再編するか」『ケアするのは誰か? 新しい民主主義の形へ』(岡野八代訳・著、白澤社、2020年))と定義します。つまり、ケアは世界がこれまでどおりに回っていけるようになされるすべての活動、とすらとらえることができるのです。 華々しい仕事や学業、スポーツ等の公的な場での活躍に比べると、主に私的な場でおこなわれるケアは光が当たりづらく、さらにその射程の広さゆえにそれが「ケアである」ということにすら気がつけないことがしばしばあります。歴史上、ずっと昔から人の生活の中に必ずあったはずであるにもかかわらず、80年代に入るまで論じられず、ケアの営みは見過ごされてきました。すなわち、公的な場がうまく回るように、私的な場で陰から支えてきた人達の不可視化が、ずっとおこなわれてきたということでもあります。そこに今光を当てなおし、公私の分断そのものをもまたとらえなおすこと。ケアの概念は、人が社会で生きていくことを根本的に支えるケアという営みを再評価し、再分配のあり方を考えることによって、よりよい社会を実現することを可能にしてくれます。 以下では、調査結果を全体と性年代別の回答比較を中心に概観していきます。より詳細な結果についてはこちらをご覧ください。

◎電通コンパス vol.12「ケアに関する意識調査」レポート新しいウィンドウでPDFファイルを開きます
 

<調査結果より>

本調査では、同志社大学大学院岡野八代教授と検討の上、ケアを「他者のニーズ(してほしいこと、必要なこと)を気にかけ、配慮し、世話する」ことと定義しました。ケアは、多様な定義が可能ですが、本調査においてはこのようなケアの定義を採用することで、日常にあふれるケアの経験や意識について明らかにすることを目的としています。また、以下では「他者のニーズ(してほしいこと、必要なこと)を気にかけ、配慮し、世話する」こととして調査内で質問した項目についても、「ケア」と表記しています。

1. ケアは必要?


日常にあるケアの生きていく上での必要性について聞いたところ、「そう思う」が36.1%、「ややそう思う」が44.4%であり、生きていく上でケアが必要と考える人(そう思う+ややそう思う)は全体で80.4%に上りました。「ややそう思わない」「思わない」の回答合計は19.6%で、ケアの必要性については8:2の割合で必要派が多数を占めています。


なお、男女別では、男性の13.4%、女性の6.2%がケアを必要だと思わないと回答し、7.2ポイント差で、男性の方がややケアを不必要と考える傾向がありました。

 

2. 性・年代別で異なる、ケアする頻度

全体では3割がケアを「毎日」していると回答。一方で、ほとんどケアをしない人も3割程度いることがわかります。


男女別で見ると、「毎日」ケアをする人の割合は男性が19.6%、女性が39.9%と、20.3ポイントの差があり、性別によりケア経験に大幅な偏りがあることがわかります。週に一度以上はケアをする割合(毎日+週に3回以上+週に1回~2回)で言うと、男性が51.7%、女性が66.6%とやや差が縮まりますが、それでも大きな差があることに変わりはありません。

性・年代別で見ると、「毎日」ケアを担っている割合が一番高いのは女性30代でした(図5)。次に多いのが女性40代であることからも、育児や介護等、いわゆる通常連想されるような意味での日々のケアの負担が発生しやすい年代であることとの関係が推測されます。男性では、若年層のケアする割合がもっとも高く、男性15-19歳では「毎日」ケアをすると回答した割合が28.8%となりました。これはもっとも少ない男性50代と比べると12.6ポイントの差があり、ケアをする頻度が年代によって異なることがわかります。




 

3. どのくらいケアをされているか?


前問とは逆に、ケアをされる頻度を聞いたところ、毎日ケアを受ける人が20.9%いる一方で、ほとんど受けていない人が41.0%いることがわかりました(図6)。


男女別で見ると、「毎日ケアを受ける人」は男性で17.5%、女性で24.3%と、ケアを受ける割合は女性の方が多いことがわかります(図7)。「ほとんどケアを受けない」との回答は、男性43.7%、女性38.3%と、男性の方が5.4ポイント高い結果になりました。

 

4. ケアをする頻度とされる頻度の関係


ケアをする頻度とされる頻度との関連では、「ケアを毎日されている」と回答した人は「ケアを毎日する」と回答する割合ももっとも高く、63.3%となりました。また、毎日する人は毎日受けている割合が、週に3回以上する人は週に3回以上される割合が、週に1回~2回ケアする人は週に1回〜2回ケアされる割合が高いといった形に、ケアのする・されるの関係はある程度同量になる傾向が見て取れます(図8)。

5. ケアにかける時間

1日当たりでケアにかける時間は、全体で平均2.45時間という結果になりました。0時間と答えた人は、全体の21.8%でした(図9)。


性別ごとに見てみると、男性は平均1.71時間に対し女性は平均3.20時間と、頻度に続いて時間においても性別間の偏りが見られました。男性では1日当たり1時間かけるという人が36.6%ともっとも多い結果になり、女性も26.7%で同様です(図10)。しかし、1日当たり3-4時間、5-6時間という長時間のケアにおいてはすべて女性の方が高い割合となっています。一方、0時間と回答したのは男性26.8%、女性16.8%でした。


前出の「ケアが必要と思うかどうか」の質問と「ケアにかける時間」の設問をクロス集計したところ、そう思う(そう思う+ややそう思う 計)と答えた人がケアにかける時間は平均2.72時間、そう思わない+思わない 計)と答えた人は平均1.36時間となり、ケアの必要性を感じているかどうかは、ケアにかける時間ともかかわっていることがわかります。


6. 誰をケアする?

ケアをする相手は、全体でもっとも多いのは「配偶者(妻もしくは夫)」でした(図12)。




 

男女別で見ると、女性がケアをする相手としてもっとも多いのは「配偶者」34.5%、次いで「母親」31.7%でした(図13)。一方、男性がケアをする相手は「職場やコミュニティの関係者」29.7%がもっとも多く、続いて「配偶者」28.2%と、女性よりも公的な関係性におけるケアが意識されていることが特徴的です。


性年代別で見ると、男女問わず15-19歳はケアをする相手として「同性や異性の友人」を挙げる人が多いことが特徴的です(表1)。


「同性の友人」にケアをする割合は15-19歳の男女ともにほぼ半数でしたが、「異性の友人」に対するケアについては、男性15-19歳→女性は31.2%、それに対して女性15-19歳→男性は16.9%と、男女で異なる傾向が見られました。また。ケアをする相手として「あてはまる相手がいない」と回答した割合が性年代別でもっとも多いのは男性20代で、31.2%でした。

<まとめ>

今回おこなったケアに関する意識調査からは、全体の80.4%が生きていくのにケアは必要であると考えており、多くの人にとってケアはなくてはならない存在であることがわかりました。これは、ケアが普段の生活の中であまり意識されない傾向にあることからすると、予想以上に大きい数字ではないでしょうか。

男女別に比較すると、女性の方が時間や頻度において、ケアをする役割を多く担っていることがわかります。ケアをする役割が女性に期待されることが多いこともあいまって、社会そのものを維持するための営みであるケアの担い手の実態が如実に数字に表れたと言えそうです。

男性を年代別で比較すると、男性15-19歳がもっとも高い頻度でケアをおこなっており、その相手でもっとも多いのは母親でした。年齢的にも、まだ多くが親と同居していて親から衣食住のケアを受けることが多い傾向にあることから、ケアを身に染みて重要だととらえているのではないでしょうか。そのため同様に、親(特に母親)へのケアがおこなわれていると推測できます。

性・年代別で見て特徴的な結果に目を移すと、男性15-19歳と女性15-19歳で比べるとケアをおこなう頻度はあまり差がないにも関わらず、20代以上になると男女で全く違う傾向が見られました。これは、社会的な性役割をそれぞれが求められる結果生じたこととも考えることができます。すなわち、人のライフステージにおいて学校時代にはそれほど性差のなかったケア分担が、20代以降に社会人となり、社会的望ましさや人間関係に関わる様々な体験を通じて、それぞれに分かれていく可能性を示唆しているのかもしれません。


*本調査においては、ケアのジェンダー間の偏りがケアを論じる上で重大なテーマであることや、回答者をできるだけ正確な日本の縮図に近づけるために、国勢調査に基づき日本における性・年代の人口構成比に合わせて回答者を割付していることから、国勢調査と同じ男女の性別区分を採用していますが、男女以外の多様な性自認を持つ人びとを排除する意図はありません。ケアにおける多様な性の方々の持つ意識や経験については、今後のさらなる研究課題としたいと思います。

 

■調査概要

調査時期
 2023年12月20日~12月22日
調査方法
 インターネット調査
対象地域
 全国
対象者
  15~69歳の男女 ※学生を含む
サンプル数
3,500人(2020年国勢調査の性×年代(10歳刻み)の人口構成比に合わせて回収)

*グラフ内の各割合は全体に占める回答者の実数に基づき算出し四捨五入で表記しています。また、各割合を合算した回答者割合も、全体に占める合算部分の回答者の実数に基づき算出し四捨五入で表記しているため、各割合の単純合算数値と必ずしも一致しない場合があります。

* 本調査(3,500サンプル)の標本サイズの誤差幅は、信頼区間95%とし、誤差値が最大となる50%の回答スコアで計算すると約±2.3となります。


Text by Akane WAKASUGI
Photo by Alla Hetman on Unsplash

お問い合わせ先

本調査に関するお問い合わせ先
qsociety@dentsusoken.com
担当:山﨑、中川、若杉、青山
g-pr@group.dentsusoken.com
コーポレートコミュニケーション部

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