「百見は”イチ”体験に如かず」——生成AI活用の壁を乗り越え、全庁的なDXの起爆剤へと昇華させた藤沢市
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写真左より、神奈川県藤沢市 企画政策部 デジタル戦略課 上級主査 大町 篤史氏、神奈川県藤沢市 企画政策部 デジタル戦略課 主任 寺村 郁氏「生成AIは、本当に業務で使えるのか?」――多くの自治体が抱えるこの問いに、神奈川県藤沢市がひとつの答えを示しました。同市は「藤沢市DX推進計画」の一環として、電通総研が提供する自治体向け生成AIソリューション「minnect AIアシスト」を導入。しかし、その道は平坦ではなく、導入初期には利用率の伸び悩みという大きな壁に直面します。この状況を打破したのは、「情報提供」から「体験の提供」への発想転換でした。電通総研とのパートナーシップのもと、職員の意識を変革し、今や生成AIを全庁的な業務効率化のエンジンへと成長させた藤沢市の挑戦の軌跡を追います。
目次
生成AI活用に立ちはだかった心理的な壁
藤沢市では2022年4月に「藤沢市DX推進計画」を策定し、その最重点取組項目のひとつとして「AI・RPA等先進技術の利用推進」を掲げていました。当時は、GPT-3.5を搭載したChatGPTが登場し、生成AIに対して社会的な注目が集まっていた時期。同市としても、行政の効率化を達成するためのキーテクノロジーとして生成AIの導入検討を本格的にスタートさせました。
しかし、先進技術の活用を計画に盛り込む一方で、職員のあいだには期待と同時に大きな不安も渦巻いていました。デジタル戦略課でAI活用推進などを担う大町氏は、「計画策定当初はAI-OCRやRPAを主に想定していましたが、生成AIがここまで大きな存在になるとは予想していませんでした。行政を効率化するうえで重要な技術になるという観点から検討を進めましたが、庁内には『本当に業務で使えるのだろうか』という半信半疑な空気があったのも事実です」と当時を振り返ります。
特に、機微な情報を扱う行政機関にとって、新しい技術に対する”アレルギー”は根深い課題でした。少しでもリスクがあれば避けるべきという保守的な風潮が、活用への心理的なハードルとなっていたのです。
「結局、議論を重ねるなかで『これは使ってみないとわからない』という結論に至りました。しかし、我々推進担当自身にも、生成AIをどう業務に活かすかという具体的な知見がなかったため、職員に明確な活用イメージを提示できないのが当初から悩みの種でした」と大町氏は明かします。
LGWAN対応と手厚いサポートが決め手——信頼できるパートナーとしての電通総研
手探りの状態で始まった生成AIの導入プロジェクト。複数のサービスを比較検討するなかで、藤沢市がソリューションとして選んだのが電通総研の「minnect AIアシスト」でした。選定の決め手は、自治体業務の根幹を支えるセキュリティ要件への対応と、未知の領域へ共に踏み出すパートナーとしての信頼性だったといいます。
「自治体にとって、職員が日常業務を行うLGWAN環境で利用できることは大前提でした。また、将来的な拡張性を見据え、議事録や例規集など自治体特有の文書を参照できるRAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)機能も必須だと考えていました。そして何より、我々が手探りの状態だったため、柔軟な料金プランと導入にあたっての手厚いサポートが心強かったです」(大町氏)
デジタル戦略課で生成AIの活用推進を担当する寺村氏も、「セキュリティ面では、LGWAN対応に加え、データが国内のリージョンで管理されるという点も重要な選定基準でした」と評価します。
導入後の現在も、その「使いやすさ」と「安定性」が継続利用の大きな理由になっているといいます。「今では利用率も着実に向上しており、インターフェースが直感的でマニュアルがなくても使え、安定稼働している安心感は何より大きいです」と大町氏は語ります。
「情報」ではなく、「体験」を提供する——利用率低迷を打破した、逆転の発想
2024年4月、満を持して全職員約4000名を対象に本格導入を開始。しかし、導入初期は利用が伸び悩むという厳しい現実に直面します。「生成AIはシステムに詳しい人が使うツール」という先入観や、「一問一答で完璧な答えが返ってくるはず」という誤解が、利用の妨げとなっていました。
「庁内ポータルでの情報発信や、プロンプトのアイデア集を配布するなど、さまざまな施策を打ちましたが、職員からの反応は芳しくない。成功体験が見えづらく、利用の輪がなかなか広がらなかったのです」と大町氏は当時の苦悩を吐露します。
この停滞した空気を一変させたのが、同年10月に実施されたハンズオン形式の「デジタルトレンドセミナー」でした。情報提供だけでは人の心は動かない。「百聞は一見に如かず」ならぬ「百見は”イチ”体験に如かず」という発想が、大きなブレークスルーを生みます。
「職員が必然的に生成AIに触れ、体験する機会を作ることが不可欠だと考えました。そこで、外部の講師を招いて、参加者が実際にminnect AIアシストを操作しながら学べるセミナーを実施したところ、これがまさに起爆剤となりました。スッと視界が拓けるような感覚がありましたね」(大町氏)
当時ユーザー側の立場だったという寺村氏は、「セミナーをきっかけに、職場で『それ、AIを使ってやってみたら?』という声が聞こえるようになりました。一人が使い始めると、『あの人が使えているなら自分も』といったように、口コミで安心感と利用が広がっていく様子を肌で感じました」と、現場の変化を語ります。
対話数は昨対比2倍以上へ——全庁に広がるAI活用と、その先に見据える市民サービス向上
国の計画や法令などの長文を読む機会が多い中、マルチモーダル機能を使えば、音声や図表も含めて資料の要点を短時間で把握したり、特定の観点だけを抽出することが可能です。
神奈川県藤沢市 企画政策部 デジタル戦略課 主任 寺村 郁氏
セミナーを境に、藤沢市の生成AI活用は一気に加速しました。アクティブユーザー数、総対話数ともに前年同月比で2倍以上に増加。特に、職員がAIとの対話を重ねていることを示す対話数の伸びは、活用が質的にも深まっていることの証左といえます。
当初は簡単な文章やExcel関数の作成といった使い方が中心でしたが、次第に専門的で複雑な業務へと活用シーンが広がっていきました。その流れを決定的にしたのが、電通総研による迅速な機能アップデート、特にPDFなどのファイルを読み込ませて要約や分析ができるマルチモーダル対応でした。
「公務員は、国が公表する各種計画や法令など、長大で難解な文章を読む機会が非常に多くあります。マルチモーダル機能を使えば、テキストだけでなく、音声や図表も解読してくれるのでこれまで担当者が数時間かけて読み込んでいた資料の要点を数分で把握したり、特定の観点に関する記述だけを抽出したりできます。この機能のおかげで、音声データからの議事録作成や、Excelデータの傾向分析など、活用の幅が格段に広がりました。新しい機能がリリースされるたびに問い合わせが増えるのが、関心の高まりを実感する瞬間です」(寺村氏)
生成AIは、職員の創造性を引き出す「壁打ち相手」としても機能し始めています。大町氏は、「先日、ある若手職員から、あたらしい肥料の名前を募集する企画について相談を受けました。応募方法が旧来的なものしか思いつかないと悩んでいたので、『生成AIにアイデア出しを手伝ってもらったら?』と助言したところ、『そんな使い方があったのか!』と目を輝かせていました。こうした”ひらめき”の連鎖が、庁内の至るところで生まれているのを感じます」とエピソードを明かします。
大町氏は生成AIの本質的な価値について、考え方のバイアスがない状態で中庸的な観点から情報を得られることだと指摘します。
「行政の仕事はこれまでエピソードベースで進むことが多いと言われてきました。たとえば『一般的に、ご高齢の方ほどスマートフォンの操作が苦手』といった、いわゆる、よく聞かれるような“一般論”や自身の”思い込み“などからアイデアを立てがちです。生成AIを通すと、より客観的で多角的な視点から情報を整理できます。施策立案の幅を広げる良いツールになっています」(大町氏)
生成AI活用の鍵は「まず使ってみる」。そして「横への伝播」
人材不足という大きな課題に対し、生成AIがいかに貢献できるかを追求したい。生成AIで正確な情報収集と庁内ナレッジの活用が進めば、より質の高い民意の反映につながると考えています。
神奈川県藤沢市 企画政策部 デジタル戦略課 上級主査 大町 篤史氏
着実な成果を上げるなか、藤沢市が見据えるのは、業務効率化の先にある未来です。
大町氏は、「今後の大きな課題である人材不足に対し、生成AIがいかに貢献できるかを追求したいです。AIは現在、社会の様々な面で活用が進んでいますが、これからは、これまで以上に活用が進み、ツールというよりも、リソースとしての活躍が見込まれていくことと思います。行政においても、将来において担い手不足という課題があるなかでも、日進月歩で進化するAIをうまく使うことで、これまで以上に、市民に求められる施策を、より精度高く実現できるようになっていくと考えられます。今後も様々な活用にトライしていきたいです。」と、そのビジョンを語りました。
最後に、生成AIの導入や普及に悩むほかの自治体へのアドバイスを伺いました。
大町氏は、「とにかく『まず使ってみること』、そして職員に『体験してもらうこと』に尽きます。説明会で安全性を説くだけでは、本当の価値は伝わりません。おっかなびっくりでも、まずは触ってもらう。その実体験が、口コミとなって横の職員に伝わっていく。その広がりをどう仕掛けるかが、普及の鍵だと実感しています」と強調します。
寺村氏も、「ユーザーだった立場から見ても、やはり周りの職員が使っているという『空気感』は非常に大きい。『こういうことができる』と具体的な成功事例を共有し、安心して使える土壌を段階的に育んでいくことが、結果的に一番の近道になるのではないでしょうか」と提言しました。
実際に、生成AI活用の輪はほかの自治体へも広がりを見せています。藤沢市は、電通総研が開催したminnect AIアシストのユーザー会に参加し、自市の先進的な取り組みについて講演を行いました。
「ほかの自治体もまだ活用方法を模索している段階だと感じましたが、そのなかで我々の展開が比較的成功しているという手応えも得られました。自治体単独での活用推進にはいずれ限界が来ます。今後どこで停滞期が来るかわからないからこそ、こうした情報交換の場を通じて、ほかの自治体とのネットワークを築き、共にAI活用の幅を広げていけることに大きな期待を寄せています」(大町氏)
「使ってみないとわからない」という手探りの状態からスタートした藤沢市の挑戦。1年半にわたる取り組みから得られた最大の教訓は、新しい技術の定着には、使いやすいツールと継続的なサポート、そして職員の実体験が不可欠ということ。デジタル変革の成功は、「技術」と「人」の両面からのアプローチにかかっているのです。
1940年(昭和15年)10月1日に市政を制定し、現在は人口44万人を超える都市となっております。交通アクセスのよい都市というのが特徴です。鉄道交通について市内に6つの路線、21もの駅があり、バス網についても、主に藤沢駅、辻堂駅、湘南台駅、長後駅を起点として発達しています。南部地域、西北部地域などで、鉄道やバスのサービス圏域から外れる地域もありますが、駅を中心にまちが形成され、公共交通でつなぐ都市構造となっています。
名所や観光地としては、江の島や湘南海岸などが全国区で有名であるほか、「アートスペース」「ふじさわ宿交流館」「藤澤浮世絵館」など、文化・芸術施設の整備が近年進められているのも特徴となっています。また、13地区ごとに市民センター・公民館が置かれ、きめ細やかな行政サービス・地域づくりが進められている点は重要です。
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