日本における情報インテグリティの現状と課題

電通総研は、社会の変化を捉えるための定量調査「電通総研コンパス」を実施しています。第15回の調査では、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)の山口真一准教授の監修の下、日本ファクトチェックセンター(JFC)と共同で「情報インテグリティ※1調査」をおこないました。この調査結果を基に、偽情報や誤情報が社会に与える影響とその対策について、山﨑聖子(電通総研 フェロー)と古田大輔氏(日本ファクトチェックセンター 編集長)が対談しました。

「電通総研コンパス vol.15 情報インテグリティ調査」レポート

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    情報インテグリティ:情報の正確性、一貫性、信頼性を確保し、安心して情報空間で生活できる状態を指す。国連は偽情報や誤情報が社会や経済に与える影響を軽減するための取り組みを進めている。

聞き手:川村 健一、中川 真由美、合原 兆二

 
 

偽情報と誤情報の影響

山﨑 まず、今回の調査のテーマとした「情報インテグリティ」に関して、世界の状況を教えてください。また、日本ではインターネット上の偽情報や誤情報は、現実社会と距離があるもののように思われていました。しかし、2024年の東京都知事選挙と衆議院選挙、そして兵庫県知事選挙を通じて、偽情報や誤情報が政治や経済に与える影響への関心が一気に高まりました。情報インテグリティを考える上で、これらは日本においてどのような意味があったと思われますか。

古田 世界的に振り返るとまず、2016年に偽・誤情報の影響が注目を集めました。イギリスのEUからの離脱が決まった国民投票とトランプ氏が最初に当選したアメリカ大統領選挙です。ソーシャルメディア上で大量の偽・誤情報が拡散し、CNNやニューヨーク・タイムズなどの伝統的な報道機関のニュースよりもシェアされていたことがわかりました。

これを機に、偽・誤情報対策として、ファクトチェックやメディア・リテラシー教育の取り組みが世界的に強化され、SNS規制の議論も活発になりました。ただ、情報生態系の問題は偽・誤情報に限りません。インターネットによって、誰でも情報発信が可能になり、真偽が不確かな情報が大量に氾濫するようになりました。偽・誤情報だけでなく、ヘイトスピーチなども氾濫する中で、人びとが必要な情報を信頼性高く十分に得られる、調和のとれた情報環境をいかに実現するか。「情報インテグリティ」が目指すのは、安心して生活できる情報空間なのです。

残念ながら、世界が2016年にこの問題の深刻さに気づく中で、日本は対策に取りかかるのが遅れました。2016年当時、日本のメディアはこれをイギリスやアメリカの問題として報じ、デジタル社会の根本的な課題と捉えていなかったからです。結果として、日本では国際ファクトチェックネットワーク(IFCN)※2の認証を受けたファクトチェック団体が2023年まで存在せず、G7諸国の中でもっとも遅れてIFCN認証団体が誕生した国でした。ファクトチェックだけでなく、メディア・リテラシー向上も遅れています。今回の情報インテグリティ調査で、デジタル社会に関するキーワードへの理解度が低かったり、ファクトチェックを学んだ人がごく一部にとどまったりしていることがその証拠です。

日本で状況が大きく動いたのは2024年です。東京都知事選挙、衆議院選挙、兵庫県知事選挙とインターネットの情報が選挙の票も動かすということを、日本社会やメディアが認識しました。そして、そこには真偽が不確かな情報が大量に流れていた。世界にとっての2016年が日本の2024年と言えるでしょう。

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    国際ファクトチェックネットワーク(IFCN):ファクトチェック活動の信頼性と透明性を確保するための国際的な組織。IFCNは、非党派性・公正性、情報源の透明性、資金源の透明性、検証方法の透明性、誠実な訂正方針という5つの基本原則を定めており、これらの原則を遵守するファクトチェック団体に認証を与えている。
 

メディアに対する信頼度の現状

山﨑 では、「電通総研コンパス vol.15 情報インテグリティ調査」から、気になる結果について一緒に見ていきたいと思います。調査結果によると、「テレビ・新聞(信頼している・計:57.0%)」や「家族・友人・知人との直接の会話(信頼している・計:65.5%)」への信頼度が高いことがわかりました。

 
 
 
 

古田 各種調査でも同様の傾向が見られます。特にシニア層は「テレビ・新聞」を信頼しており、若年層になるほどその信頼度が低くなる傾向があります。

「家族・友人・知人との直接の会話」については、私がいつも呼びかけていることがあります。それは「家族や友人、知人はあなたをだまそうとしているわけではないが、その話題に詳しいとは限らない」ということです。2024年、GLOCOMと実施した調査で、なぜ偽・誤情報を共有してしまったのかを尋ねたところ、「情報が興味深いと思った」「情報が重要だと感じた」という回答が多く、善意からシェアしていることがわかりました。つまり、彼/彼女らは悪意をもって情報を共有しているわけではなく、その情報について十分な知識がなくて誤りに気づかず、「重要だから他の人にも知ってほしい」という善意からシェアしている可能性を示唆しています。

山﨑 善意からの共有が偽・誤情報の拡散につながるというのは皮肉ですね。普段から利用しているサービスや日常会話の中で、誤った情報やニュースをどの程度の頻度で見聞きするか尋ねたところ、SNSや動画共有サービスを通じて2~3割の人が、「毎日」誤情報に接していると回答しています。この点について、どのように感じますか?

 
 
 
 

古田 2~3割が誤情報に接触していると回答したということは、それだけしか自分が誤情報に接していると気づけていないということです。実際には大量の偽・誤情報が溢れており、10割でもおかしくありません。調査によって数字のばらつきはあるものの、間違った情報を間違いだと気づける人は1~2割程度、逆に正しいと思ってしまう人は3~5割程度というデータがあります。多くの人は偽・誤情報を見ても、間違っていると気づけないのです。

偽・誤情報への接触が増える大きな要因として「情報の空白」が挙げられます。情報の空白とは、人びとが情報を求めているときに、信頼の置ける情報が十分にそろっていないことを指します。

選挙期間中を例に考えると、大手メディアは公平性や不偏不党を守ろうとするあまり、個別候補者の具体的な記事を出すことに消極的になる傾向があります。誰に投票するか決めるために、告示(公示)日以降、有権者は情報を検索します。しかし、そこに報道機関のニュースはなく、代わりにYouTuberなどの動画を見ることになります。その中には有益な情報もありますが、根拠がまったくなく、再生数を増やしたいとか、あの人を当選させたいというような意図に基づいた信頼性に欠ける情報もたくさんあります。

繰り返しになりますが、有権者が誰に投票するか決めるために情報を検索し始めるのは告示(公示)日以降です。しかし、ちょうどそのタイミングで新聞やテレビが個別の候補者に触れる具体的なコンテンツは減り、一方で、そういう需要を満たそうとYouTuberたちのコンテンツは増えます。

検索して見つけた情報であれば、人はそれを真剣に見ようとします。そうして、誤情報や偽情報をじっくりと見てしまうと、ソーシャルメディアは自動的に「この人はこういうコンテンツが好きなんだ」と判断して、同じようなコンテンツをその人におすすめするようになります。

インターネット上には膨大な量のコンテンツがあります。ユーザーは毎回自分で探すよりも、おすすめコンテンツを中心に見るようになります。これがフィルターバブル※3です。人間は、頻繁に似たような情報に接し続けると、それが正しいと思い込む傾向があります。さらに、ソーシャルメディアにはフォローやチャンネル登録といった機能もあります。自分が気に入った人や組織をフォローし、その情報ばかり見て、そのコメント欄で似たような意見ばかりを目にするようになる。これがエコーチェンバー※4です。選挙の度に「私の周りの人たちはもっと投票に行っていた」「私の周りの多くの人はあの人に投票していたのに結果がおかしい」と感じる人がいるのも、フィルターバブルやエコーチェンバーの影響です。これがデジタル社会の恐ろしさと言えるでしょう。

  • ※3
    フィルターバブル(Filter Bubble):インターネット上でアルゴリズムがユーザーの過去の行動や好みに基づいて情報をフィルタリングし、特定の種類の情報だけを表示する現象。これにより、ユーザーは自分の興味や信念に合った情報だけを受け取るようになり、異なる視点や意見に触れる機会が減少する。
  • ※4
    エコーチェンバー(Echo Chamber):同じ意見や信念をもつ人びとが集まり、その意見が繰り返し強化される環境のこと。SNSやオンラインコミュニティでよく見られる現象で、同じ意見が繰り返し共有されることで、異なる視点や反対意見が排除される傾向がある。
 

なぜ情報インテグリティが必要なのか?

山﨑 こわいスパイラルですね。偽・誤情報が拡散するしくみを理解しておくことが、そうした悪しきスパイラルから抜け出るきっかけになる――これが情報インテグリティ教育の重要なポイントになるかもしれません。それにもかかわらず、情報インテグリティ関連用語の認知状況に対する設問では、「フィルターバブル」「確証バイアス※5」「アテンション・エコノミー※6」などの言葉の認知度が20%未満でした。この低い認知度について、どのように感じますか?

  • ※5
    確証バイアス(かくしょうバイアス):自分の信念や仮説を支持する情報を優先的に探し、反対する情報を無視する傾向。
  • ※6
    アテンション・エコノミー(Attention Economy):人びとの注意(アテンション)を価値ある資源として捉え、その注意を引きつけることが経済的価値を生むという考え方。閲覧数や滞在時間が収益に影響するため、偏った情報やセンセーショナルなコンテンツが生まれることがある。
 
 
 
 

古田 非常に驚きました。2024年、総務省が公開した調査や読売新聞の日韓米の比較調査などで、日本は他国に比べてこれらのデジタル社会に関するキーワードへの認知度が非常に低いことが明らかになりました。それを受けて、総務省だけでなく、報道機関がさまざまな記事を書いたり、教育機関やJFCで普及啓発に取り組んだりしてきました。今回の調査はその成果を確認する機会でしたが、残念ながら、状況はほとんど改善されていませんでした。私たちが普及啓発活動を届けられる人たちはごく一部にとどまるということでしょう。抜本的な対策が必要です。

偽・誤情報が社会的な問題だと気づく人は増えました。しかし、すべての人にはバイアスがあり、あなた自身が偽・誤情報を簡単に信じてしまう危険性があるという身近な問題であることを知ってもらう必要があります。また、フィルターバブルやエコーチェンバーなどで増幅される危険性を知ることが、現代の情報リテラシーとして不可欠です。

山﨑 次に、インターネット上の誤った情報・ニュースの影響を年代別で見ると、特に若年層にストレスや不安を与え、ニュースへの関心を失わせてしまっていることがわかりました。

 
 
 
 

古田 若年層への影響が大きいのは、SNSに接する時間が非常に長いことや、エンターテインメントや趣味の情報を得たい人が多いという背景があるのではないでしょうか。そのような文脈の中に、突如として政治的なニュースが入ってきて、しかも、戦争、事件、不景気など、暗い話が多い。ロイタージャーナリズム研究所が毎年出している『ロイター・デジタルニュースリポート2024年版※7』によると、世界中でニュースを避ける人が増えているという結果が出ていますが、こういったことが背景にあると思われます。また、『エデルマン・トラスト・バロメーター2025年版※8』を見ると、日本を含めた各国で、多くの機関(政府、NGO、企業、メディア)の信頼性が落ちています。これは民主主義社会そのものへの信頼が落ちていることを示しています。

  • ※7
    ロイター・デジタルニュースリポート :英オックスフォード大学のロイタージャーナリズム研究所が、ニュースのデジタル化の影響を調査し、発表している報告書。「デジタル化の進展は、ニュースへの接触や利用方法にどのような影響を与えるのか」――2012 年から、この問いに対する調査を続け、『ロイター・デジタルニュースリポート』として発表している。
  • ※8
    エデルマン・トラスト・バロメーター:PR世界大手米エデルマンが毎年実施する調査。世界各国の人びとが政府、NGO、企業、メディアなどの機関に対する信頼度を測定している。
 

情報インテグリティを高めるために

山﨑 こうした状況を変えていくために、まず、どこから手をつけるかを考える必要があります。例えば、SDGs(持続可能な開発目標)は学校教育を充実させることで若年層や子どもをもつ親世代に浸透していきました。一方、シニア層にはビジネス界からのアプローチが効果的でした。

インターネット上の情報の特性に関して学んだことがあるかを尋ねる質問では、特に中高年層が「学んだことはない」と回答した方が多いという結果でした。私も含めた中高年層の多くは学校教育で情報リテラシーについて学んでおらず、どんなリスクがあるのかもわからないままインターネットを使用している状況を反映しているのではないかと思います。今後どのようにメディア・リテラシー教育を普及させていくのがよいと思いますか?

 
 
 
 

古田 ここ数年、遅ればせながらもデジタル時代のメディア・リテラシー教育が少しずつ広がっています。しかし、それらは中学・高校や大学での話であり、中高年層・高齢者層への普及はこれからの課題です。

喫緊の課題としてあるのがオンライン詐欺です。SNSなどの詐欺広告が話題になりました。特に高齢者層が被害に遭うケースが多いことはよく知られていると思います。脆弱(ぜいじゃく)性がある方々へのアプローチ方法を考える必要があります。

学校教育では届かない高齢者層へは、その他の手法を考える必要があります。海外の事例としては、コミュニティセンターや生涯学習施設での取り組みが挙げられます。例えば、私が関わっている例では、某IT企業と宮城県が協力して中高年層を対象にした講座を実施しています。こういった自治体の取り組みは重要です。今後は、より接点を増やすために、スマートフォンの買い替えのタイミングで冊子を配布するなどの試みをしたいと思っています。

ミドル層へのアプローチについては、企業が社内教育や研修を提供するのはどうでしょう。従業員が偽・誤情報に引っかかることは企業のレピュテーションにも影響を与えます。社員だけでなく、企業自体を守るためだと思って取り組んでもらいたいです。

 
 
 
 

社会全体で取り組む

山﨑 振り込め詐欺の対策も時間がかかりましたが、根気よく取り組んだ結果、例えば、銀行員やコンビニの店員が異変に気づき、声をかけるなど、社会全体に対策が浸透していきました。同様に、デジタル社会でもお互いに声をかけ合うことが重要ではないかと思います。調査でも、多くの人が「誤った情報を見かけたとき、訂正や指摘をするべき(65.5%)」と考えています。しかし現実に、「人が間違った考え方をしているときには、それを指摘する」ことができると答えた人は49.7%でした。まだまだ理想と現実には乖離(かいり)があり、そのギャップは残念ながら中高年層ほど大きくなっています。

 
 
 
 

古田 私たちは子どもの頃から対面でのコミュニケーションのあり方を家庭や学校で学んでいます。しかし、インターネット上でのコミュニケーションについてはどうでしょう。例えば、ファクトチェック記事を公開すると、ユーザー同士が声をかけ合い、ポストや返信で引用してくれることがあります。ただし、「お前、偽・誤情報にだまされちゃってるよ!」というような攻撃的な返信では、相手は納得するどころか反論したくなり、分断は深まるでしょう。

インターネットには攻撃的なコミュニケーションが溢れているため、それが当たり前だと思う人もいます。しかしデジタル社会においても、実社会と同じように丁寧なコミュニケーションが求められますし、互いにリスペクトすることの大切さを伝えることが必要です。

情報と無関係に生きることができる人や組織は存在しません。偽・誤情報、誹謗中傷、ヘイトスピーチが蔓延すると、個々人の生活だけでなく、民主主義全体が不安定になってしまいます。これに対処するためには、社会全体で協力して取り組むしかありません。国連は情報インテグリティを実現するためには、国連、国、市民社会、テック企業、AI開発者、ニュースメディアなど、それぞれに役割があると訴えていました。これは「Whole-of-society(社会全体)」アプローチとも呼ばれています。日本はまだこのような形にはなっていません。

インターネットが広がるまでは、情報流通のほとんどをマスメディアが掌握していました。テレビ、新聞、本、雑誌、映画など、世の中の情報はその道のプロが作成していました。しかし、現在では一般の人が発信する情報の割合が劇的に増えています。今やすべての人がメディアであり、一人一人がその責任を理解する必要があります。自分がだまされる「被害者」になるだけでなく、シェアボタン一つで偽・誤情報を拡散する「加害者」にならないようにすることも重要です。

山﨑 調査結果からも、情報インテグリティを実現するためには、政府・自治体、テック企業、マスメディアだけでなく、すべての人が協力していくことが重要であることが明らかとなりました。日本でも、デジタル社会における情報が、現実の社会や人びとの行動に大きな影響を及ぼしつつあります。情報インテグリティは、自分を守るためだけでなく、社会全体の健全性を保つためにも不可欠です。みんなが安心して情報を発信し、受け取り、共有し、そして正確で信頼性のある情報を基に議論する。そのためにも誤情報や偽情報の拡散を防ぐことが、民主主義を支える重要な要素となります。本日はありがとうございました。

 

Text by Ken-ichi Kawamura
Photographs by Masaharu Hatta

 
 
 

古田 大輔 ふるた・だいすけ ジャーナリスト/メディアコラボ代表/日本ファクトチェックセンター(JFC)編集長
早稲田大学政治経済学部卒。2002年朝日新聞社入社。2015年BuzzFeed Japan創刊編集長。2019年株式会社メディアコラボ設立。
2020年Google News Labティーチングフェロー。その他、ファクトチェック・イニシアティブ理事、早稲田大学政治経済学部非常勤講師、NIRA総研上席研究員など。2022年日本ファクトチェックセンター(JFC)編集長。

山﨑 聖子 やまざき・せいこ 電通総研 フェロー
東京都生まれ。慶應義塾大学大学院法学研究科国際公法学修了。1990 年株式会社電通総研に入社。世界の人びとの意識や価値観の変化を踏まえ、社会動向を分析・研究。訳書に『文化的進化論』、『懐疑主義の勧め』(共に勁草書房)、共著書に『日本人の考え方 世界の人の考え方Ⅱ』(勁草書房)ほか。世界価値観調査協会 理事。

 
 

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