生成AIの保険業務における活用領域の可能性【前編】
レポートサマリー
本稿は、前にまとめた銀行業務に続き、保険業務における生成AIの実証利用について、実証プロジェクトに携わっている実務担当者に、今後活用が想定される業務内容をヒアリングして、領域別に整理したレポートである。銀行業務と同様、生成AIの回答の精度に充分な自信が持てないこともあって、顧客サービスへの利用には慎重な傾向がみられるが、既に多くの保険会社が生成AIの導入を前提に実証プロジェクトに着手している。本稿が今後生成AIを活用するためのプロジェクトに新たに着手する際の適用領域を整理する一助となれば幸いである。
保険領域で拡大する生成AIの利用
OpenAI社の「ChatGPT」が2022年11月に公開されて以来、急速に「生成AI」が注目されるようになっており、その潜在能力とともに具体的な活用方法について様々な議論がされるようになった。
保険業界においては、既に生成AIの活用に伴うリスクをカバーする保険が登場している。
あいおいニッセイ同和:「生成 AI のリスクを補償する「生成 AI 専用保険」の提供開始」
https://www.aioinissaydowa.co.jp/corporate/about/news/pdf/2024/news_2024022701277.pdf
また、既存業務を生成AIの利用によって効率化、高度化しようとする動きも顕在化しており、複数の大手保険会社がその取組みを公開している。
東京海上日動:「営業サポートツール「マーケットインナビ」の開発 ~生成 AI を活用した中小企業における経営課題の抽出と解決策の提案~」
https://www.tokiomarine-nichido.co.jp/company/release/pdf/240821_01.pdf
MS&AD:「MS&AD ホールディングスと HEROZ、生成 AI の独自モデル構築・運用を目指した共同検証を実施」
https://www.ms-ad-hd.com/ja/news/irnews/irnews-20240710/main/00/link/20240710_MSAD%20HEROZ%20jisshojikken.pdf
第一生命:「生成AIを活用したチャットサービス「ICHI-to-Chat」のビジネス実証を実施」
https://www.dai-ichi-life.co.jp/company/news/pdf/2024_013.pdf
楽天保険:「「楽天保険の総合窓口」、楽天生命のご契約者さまページに対話形式のAIチャットボット機能を提供開始」
https://www.rakuten-insurance.co.jp/news/article/2024/20240425/
さらに、海外に眼を転じると、生成AIの実用化を進めるとともに、顧客への説明やIR資料に盛り込むなど日常的な業務利用の事例が増えていることがわかる。
Lemonade(https://www.lemonade.com/nl/en/privacy-policy)
Lemonadeは生成AIを活用して保険契約の引受やクレーム処理を自動化しているデジタル保険会社の代表的な例であり、顧客に対して生成AIを活用する際に、個人情報保護に配慮して法令を遵守することをプライバシーポリシーに規定している。
Allianz(https://www.allianz.com/en/press/news/business/insurance/240701-allianz-gen-ai-integrating-technology-with-heart.html)
Allianzは、生成AIの発展を概観するとともに、どのような業務分野で活用していくのかを説明した上で、セキュリティや倫理面から考慮すべきポイントを明らかにしている。
Zurich Insurance(https://www.zurich.com/commercial-insurance/sustainability-and-insights/commercial-insurance-risk-insights/how-accurate-data-and-ai-can-transform-claims-and-help-customers-build-resilience)
Zurich Insuranceは、保険金請求のプロセスに生成AIを導入している。特に自動車事故の損害査定において、生成AIは事故車両の写真を解析し、損害の程度や修理費用を自動的に見積もることが可能である。この自動化プロセスにより、保険金請求の処理時間が大幅に短縮され、顧客満足度の向上が期待される。
平安保険(Ping An Insurance)(https://group.pingan.com/resource/pingan/IR-Docs/2024/pingan-ar23-presentation.pdf)
中国の大手保険会社である平安は、医療保険の分野で生成AIを使用して、医療記録や診断書の自動分析を行い、迅速に保険金請求の判断を下すシステムを構築している。生成AIが膨大な医療データをもとにリスク評価を行い、顧客に適切な保険プランを提供することにも利用しており、年次リポートでも生成AI開発への投資をアピールしている。
AXA(https://www.axa.com/en/press/press-releases/axa-offers-securegenerative-ai-to-employees)
AXAは、MicrosoftとOpenAIとの連携によって、従業員に安心して使える生成AIの環境「AXA Secure GPT」を提供しており、営業現場の裁量で生成AIを活用した提案資料の作成ができるようになっている。個別顧客のニーズに基づいた提案を行い、契約率の向上にも寄与している。
Generali(https://www.generali.com/thepulse/2024/Generali-Switzerland-launches-Chatty)
Generaliは、生成AIを使ったチャットボット「Chatty」を4つの言語で提供しており、保険商品の選択、請求、各種問合せに対応している。同社では、さらに音声コミュニケーションも組み込むことを想定して開発を進めている。
本レポートの趣旨と調査方法
前述のような取り組みの公表においては、実験レベルのものから本格導入までレベルに差はあるものの、業界全体に実証利用にもとづく知見がかなり蓄積されてきたものと考えられる。本稿においては、実務担当者の実感に基づいた活用イメージをヒアリングすることによって、保険業務において、どのような業務領域で生成AIの活用が想定されているのか調査を行った。
具体的な調査方法としては、回答した個人が特定されないような匿名での集計を条件とし、生成AIの実証プロジェクトに携わった保険業界の実務担当者8名(生保4名、損保4名)に、「現段階で実現しているがどうかにかかわらず、生成AIの活用を検討する中で今後の利用によって効果が期待できる領域をあげて欲しい」という趣旨でヒアリングを実施した。ヒアリング結果のテキストデータを整理して分類する作業には生成AI(ChatGPT4o)を活用、最終的な編集及び分類をFINOLAB RESEARCHが行った。
対象となる業務分野の整理
ヒアリングの結果、生成AIの活用が想定される業務領域は7つに集約することができるが、それをさらに「対顧客」と「内部」と分類すると以下のようになる。顧客依頼の手続きに内部事務が含まれていたりすることもあって、厳密に区別することは難しいが、誰を向いて処理が進行するのかという視点を中心に、以下の分類をもとに整理を進めるものとする。
対顧業務 | 内部業務 |
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1.カスタマーサポートの自動化 |
4.契約書や書類の自動生成 |
2.保険金請求の処理 |
5.リスクアセスメントと引受業務 |
3.マーケティング及びパーソナライズされた保険商品提案 |
6.教育とトレーニング |
7.不正検知 |
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1.カスタマーサポートの自動化保険業界での生成AIを活用したカスタマーサポートの自動化は、顧客満足度向上と業務効率化の両面でメリットを享受できるものと考えられる。
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チャットボットによる問い合わせ対応生成AIを使ったチャットボットは、24時間365日、リアルタイムで顧客及び代理店からの問い合わせに対応できる。保険契約に関する基本的な情報提供や、保険商品の説明、支払いに関する問い合わせに対して、生成AIが自動的に応答。チャットボットは自然言語処理(NLP)を活用して、顧客の質問を理解し、文脈に沿った的確な回答を提供するため、従来のルールベースのボットに比べて応答の質が格段に高くなる。
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請求や見積もりのプロセスサポート顧客が直接もしくは代理店経由で保険金請求を行う際に、生成AIが自動で必要な書類や情報を生成・提供することで、手続きを円滑に進めることが可能である。たとえば、保険の見積もり作成や、クレームの進捗確認なども自動化され、顧客や代理店がいつでも状況を確認できるため、透明性が高まる。また、顧客の質問に応じて、AIが見積もりの内容を説明し、最適なプランの提案を行うことも可能となる。
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顧客に応じたサービス提供生成AIは、個々の顧客の履歴やニーズに基づいて、パーソナライズされたサポートを提供できる。たとえば、過去の対話履歴や行動データを活用して、顧客が保険に関する特定の質問をする前に、関連する情報を自動的に提供したり、顧客のニーズに合った保険商品の提案を行ったりすることが可能となる。
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多言語対応の強化在日外国人就労者が増え、保険会社がグローバル展開を進める中で、多言語対応のカスタマーサポートのニーズが増している。生成AIは、複数言語に対応した自動応答を提供するため、各国の顧客に迅速に対応でき、コミュニケーションの壁を取り除くことにつながる。
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複雑な問い合わせへの対応従来のルールベースのチャットボットは、シンプルな質問には対応できるが、複雑な質問や特定の状況に関する問い合わせには不向きであった。生成AIは、文脈を理解し、顧客の意図を的確に把握して応答するため、より複雑な問題や質問にも対応可能である。また、必要に応じて適切な担当者にエスカレーションすることもできる。
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効率化による顧客満足度向上カスタマーサポートの自動化により、保険会社は人的リソースの負担を大幅に削減でき、効率化が期待される。また、顧客や代理店への対応の効率化により、より迅速に顧客ニーズに応えることができ、結果的に顧客満足度が向上する。
2.保険金請求の処理保険業務の中でも請求業務は手作業が多く、効率化が必要とされてきた分野であるが、生成AIの活用によって、処理時間の短縮や不正請求の防止につながることが期待され、顧客体験の向上にも資するものと考えられている。-
請求プロセスの自動化保険金請求のプロセスは通常、複雑で時間がかかる。生成AIを導入することで、請求書の受理から書類の確認、請求の判断、支払いまでのプロセスが大幅に自動化される。AIが請求内容を解析し、正確に処理するため、手動での事務が減少し、全体の処理速度が向上する。
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画像や動画による損害判定の自動化生成AIは、事故や損害の写真や動画を解析し、損害の範囲を自動的に判定することができる。たとえば、自動車事故の写真をアップロードすると、AIが画像を分析し、損害箇所の修理費用を見積もることが可能である。これにより、クレームの処理がスピードアップし、査定の精度も向上する。
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請求書類の自動処理とデータ抽出保険金請求には多くの書類が関わり、その処理には手間と時間がかかる。生成AIは請求書類から必要なデータを自動的に抽出し、データベースに入力するプロセスを自動化できる。これにより、手動入力にかかる時間やエラーを減らし、効率的な処理が可能になる。
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医療請求の迅速化医療保険の請求では、診断書や治療内容に基づいて請求が行われるが、生成AIは医療記録を自動で解析し、保険金支払いの判断を迅速に行う。AIは膨大な医療データを参照しながら適切な処理を行うため、複雑な医療請求にも対応可能である。
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顧客に応じたサポート生成AIは、顧客ごとの請求状況や過去のデータに基づいて、パーソナライズされたサポートを提供できる。たとえば、顧客が保険金請求を行う際に、過去の請求履歴や契約内容に基づいて適切な情報をリアルタイムで提供し、手続きをスムーズに進めることが可能となる。
3.マーケティング及び個別顧客に応じた保険商品提案生成AIの活用により、従来の一律的なマーケティングから、個別化されたアプローチが可能となり、顧客体験の向上や契約率の向上につながることが期待される。-
顧客データの解析によるニーズの特定生成AIは、顧客の過去の行動データ、ライフイベント、購入履歴、さらにはソーシャルメディアやウェブ上の行動パターンなど、膨大なデータを解析できる。これにより、顧客がどのような保険商品を必要としているか、どのタイミングでアプローチすべきかを判断できる。
たとえば、顧客の行動やデータから結婚、出産、家の購入、車の購入などのライフイベントを予測し、それに合わせて保険商品の提案を行うことが可能となる。 -
顧客別のレコメンデーション生成AIは、顧客のリスクプロファイルや嗜好に基づいて、最適な保険商品を提案できる。これにより、顧客は自分に合った保険プランを見つけやすくなり、保険会社は無駄な提案を減らすことができる。Amazonのようなレコメンデーションシステムで、顧客の過去の選択や興味に基づいた提案を行う。
たとえば、生成AIは、顧客の個々のリスクプロファイルや生活スタイルに基づいて、パーソナライズされた保険プランを作成する。これにより、顧客は自分に最も適したプランを選ぶことができ、保険会社は顧客ニーズに沿ったサービスを提供できる。 -
リアルタイムのパーソナライゼーションと自動応答生成AIは、顧客がウェブサイトやアプリを利用しているときにリアルタイムでデータを解析し、その場で最適な保険商品やサービスを提案することができる。これにより、顧客が質問や選択肢を検討している際に、即時に有用な情報を提供することが可能となる。
たとえば、生成AIを活用したチャットボットが、顧客の質問に対してリアルタイムで回答するだけでなく、顧客の状況に応じて適切な保険商品の提案を行う。また、顧客が家の購入について問い合わせをすると、住宅保険のオプションを提案することができる。 -
ターゲットマーケティングの強化従来の保険業界のマーケティングは、マス広告やプロモーションを通じて行われてきたが、生成AIの導入により、特定のターゲット層に対してピンポイントでマーケティング活動ができるようになった。顧客の行動履歴や趣向に基づいて、個別のニーズに合ったメッセージを送ることで、マーケティングの効果が極大化される。
※生成AIの保険業務における活用領域の可能性【後編】はこちら
執筆者:柴田 誠 Head of FINOLAB, Chief Community Officer
日本のフィンテックコミュニティ育成に黎明期より関与。2016年にFINOVATORS創設に参加。2018年三菱UFJ銀行からJDD(Japan Digital Design)に移り、オックスフォード大学の客員研究員として渡英。2019年より電通総研(当時ISID)に入社し、同年株式会社FINOLABの設立と同時に現職就任。2021年からはUI銀行の社外監査役も兼任。 -