食文化を生かした地域の活性化-海外事例-
食文化を生かした地域の活性化についてご紹介した国内事例に続き、欧州の事例を紹介します。経済・人口の規模を問わず、海外においても日本と同様の課題を持つ地方都市は少なくありません。海外の地方都市の取り組みは日本にとっても参考になるのではないでしょうか。
■France(フランス)
「フランスの美食術」は、ユネスコ無形文化遺産にも登録されており、フランスの食文化は世界的に広く認知されています。フランスは世界有数の農業大国であり、地域独自の特産品保護に力を入れています。ワインやチーズなどの産品・食品の品質向上や高付加価値化にもっとも成功した国の一つともいわれています。地域ごとに特色があり、生産地がその地勢や気候などにより生産物の個性となる「テロワール ※1 」の概念。これもまたフランスの食文化を語るうえで欠かせない要素の一つです。過去には、都市部と地方との経済格差の広がりや農村の衰退などにより多様な地域の個性が失われる懸念もありました。そこで生まれたのが「地方主義」という考え方です。地方ごとの経済を独立させて豊かにしようとする側面と、各地方に存在する特色ある文化や産業を守りながら、地元住民にその良さを再認識させ、対外的にもその地域の魅力として発信しようとする側面とがあります。
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※1 テロワール:もともとは「土地・土壌」を意味するフランス語terreから派生した言葉で、ワイン、コーヒー、茶などの品種における、
生育地の地理、地勢、気候による特徴を含めた環境全体を指すといわれる。
<主な施策>
(1)味の景勝地制度
高品質な地域産品・文化財や景観の魅力を同時に発信し、相乗効果を通じて地方都市へのツーリズム促進を図る制度。その地域の産物や景観を守り、活用することを目的としながら、農業省、環境省、観光省、文化省の四省が協力して、「味の景勝地」の認定をおこなう。食品・地域の文化・環境・観光の四つの側面に対して与えられるため、生産品にとどまらず他分野への多様な展開が期待できる。
(2)観光による特産品の国際ブランド力強化
ワインで有名なボルドー地域では地域観光振興の主軸としてワインツーリズムを推進。2009年に「ワインツーリズム評議会」が設立され、生産者、飲食店、宿泊施設、旅行会社と行政機関との連携が図られ、ワインを中核とした産業クラスターが形成された。ワイナリーやブドウ畑などのワイン産地を訪れる外国人観光客は420万人(2016年) ※2 と推定されている。
(3)自給自足とは異なる「地域圏」での地産地消
PAT(地域圏食料プロジェクト) ※3 では、高齢化などで農業者数が減少する状況において、自治体の単位に縛られない「近隣地域圏内」での生産品の販売を促進。伝統的な農家による直売所や青空市場などといった近隣のネットワーク内での新しい地産地消の試みを実施。目的は、「生産者、加工業者、流通業者、地方自治体、消費者をより緊密に結びつけ、地域圏内の農業と食料の質を向上させること」である。
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※3 PAT(地域圏食料プロジェクト):Projets Alimentaires Territoriauxの略。フランスの「地域圏食料プロジェクト」は、2014年に法制化された。
■Italy(イタリア)
イタリアは、国として統合されて150年程度と歴史が浅いため、国よりも地域由来のアイデンティティが根強い傾向にあります。行政地区とは違った境界線を持つケースも多く、食文化もその区分を反映する特徴を持っています。また、「スローフード ※4 」発祥の国であり、食事は地産地消のものを家族や友人と楽しむ文化が浸透しており、新鮮な食材を大切にしながら季節ごとに料理を変える習慣が根づいています。伝統的農村の衰退に対する問題意識を背景に、シビックプライド醸成を目的とした住民向けの教育機関での「食育」や、観光客に向けた「食育」を実施するなどの施策もおこなわれています。
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※4 スローフード:1980年代にイタリアで始まった活動で、地域の伝統的な食文化を重視し、食への関心を高める考え方。
<主な施策>
(1)アグリツーリズム法の整備
地方の過疎化と経済の衰退が懸念される中、農業を守るために観光を活用するという理念を打ち出し、1985年に「アグリツーリズム法」が制定された。イタリア国内の多くの地域で、農業体験や宿泊、飲食などができる施設を併設したアグリツーリズム農家が存在する。それらのアグリツーリズム農家の多くは中山間地にあり、日本と同様に小規模農家が多い。2022年には、25,849軒 ※5 の農家がアグリツーリズムに取り組んでいる。
(2)特産品プロモーションにおける「食育」の活用
旅行者への「食育」実施により地域文化への理解を深めてもらうとともに、特産品の販売を促す戦略。特産品が畑からテーブルに出てくるまでのプロセスを体験してもらうことで、その土地ならではの良さや伝統的な食べ物の魅力を伝え、直接販売へのプロモーションに結びつける取り組みも実施している。食文化理解と美食体験を組み合わせた好例。
(3)偽ブランドへの反対キャンペーン
イタリア製であると想起させるように販売されているが、実際はイタリア製ではない「イタリアン・サウンディング製品」に反対するキャンペーン。目的は、イタリア製品の模倣やラベルの悪用を防ぐことである。法的・規制的措置を強化しながら、本物のイタリア製品の価値について消費者へ理解してもらうキャンペーンに力を入れている。
■Spain(スペイン)
スペインでは歴史的な背景から、地域ごとに独自性が強く、故郷に愛着やプライドを持つ傾向があります。世界屈指の美食の街といわれるサン・セバスチャン市があるバスク地方のピンチョス、イベリア半島のイベリコ豚など日本でもなじみ深い料理や食材も多いです。スペインでも地域間の経済格差が拡大し、一部の伝統的な食品生産地域が衰退し、継続性に脅かされる状況にありました。近年では、「美食」を前面に押し出したツーリズムが評価され、「地理的表示保護制度」や「原産地呼称保護制度」のもとで特産品を国際的なブランドに押し上げた実績もあります。
<主な施策>
(1)「美食首都」への公募と認定制度
2012年に始まった制度で、毎年一都市、公募による候補の都市から「美食首都」を選出する。スペイン政府観光局との連携で打ち立てられた認定制度のもと、各自治体が独自の施策を実行する。プロジェクトの主な目的は、①観光客の増加、②特産品の販売促進、③料理の卓越性の保護、④国際観光地として持続させることである。
(2)品質保護によるブランド戦略
ワインで導入されていた品質保証制度を参考に、これまで地域消費向けだった食肉を対外的にブランド化し、国際的なブランドへ成長させた。1990年代からは原産地呼称の保護に加え、政府による新たな品質保持の規定も設けられた。
(3)ガストロノミー・エノツーリズム・イヤー
2016年にカタルーニャ自治州観光局から始まった、おいしい料理を提供するだけにとどまらず、その素材をどこで、誰が、どのような背景で作っているのか理解してもらうためのツーリズム。地元の生産者を支援しながら観光産業と地域の融合・発展を目指す。
■海外事例から得られた示唆
①地方自治体の主体性が、分野を超えた地域施策の実現を可能にする
「フランス料理」「イタリア料理」「スペイン料理」といった国全体のブランディングに早くから成功した動きもある一方で、歴史的背景から地方に残る強いアイデンティティを生かして、地方文化に根差した食文化を押し出し、観光誘致による地域創生につなげる動きが存在しています。食文化を活用した自治体主体の取り組みは、経済格差の是正といった経済効果や伝統文化そのものの保護を主な目的としながら、農業や観光、環境・景観保護など、さまざまな分野で実施されています。今回紹介した事例では、中央政府が掲げるビジョンのもと、地方自治体が主体となることで、分野を超えて地域に適した施策へ取り組み可能となっていることが注目されます。
②国レベルと地域レベルの戦略
日本にも「和食」として国際的に訴求できる資産があります。同時に、日本国内の各地域にも個性豊かな特産品や食文化があることも事実です。日本において食文化を活用した取り組みを実施するうえでは、「和食」としての国家的なブランディング戦略と、地方自治体が主体となって「より地域色の強い食文化」を打ち出す戦略を両立させることが求められます。両立させる方法については、スペインにおける政府主導の美食都市ビジョンのもと、サン・セバスチャン市において細かな戦略に落とし込まれ、観光誘致に成功した例がヒントとなるのではないでしょうか。
③留意すべきこと
ここでは取り上げませんでしたが、先住民の権利や自然環境・地元住民への配慮を欠いたガストロノミー・ツーリズム ※6 が農村などからの反発を招いている海外事例もあります。また、明確なKPIが設定されていない点や、英語など多言語での情報提供がおこなわれていない点への配慮も必要です。さらに、地方の特産物を国際的なブランドに育てる戦略が時に価格の急上昇やオーバーツーリズムを招き、結果的に地域の食文化や食習慣を壊すこともあります。
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※6 ガストロノミー・ツーリズム:その土地の気候風土が生んだ食材・習慣・伝統・歴史などによって育まれた食を楽しみ、食文化に触れることを目的としたツーリズム
食文化の多様性は、地域の多様性であり、それは各地域固有のアイデンティティからもたらされるものです。地域にはその数だけ魅力や個性があると同時に、課題もそれぞれ異なります。コロナ禍を経た今、国境を越えた移動が復調し、日本各地の地域の魅力が注目されることで地域経済への貢献も期待されています。地域に住む人や環境・資源など、地域の価値を守りつつ、サステナブルな形での地域創生を模索することが重要と考えられます。
執筆:合原 兆二
海外事例調査協力:東京エスク
写真提供:東京エスク、Alana Harris(Unsplash)
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