食文化を生かした地域の活性化-国内事例-

少子高齢化に直面する地域では、産業衰退といった短期的課題を抱えるだけでなく、後継者不足のために長期的には地域で育まれてきた文化が脅かされる危機にも瀕しています。 そこで、地域資源としての文化を継承しつつ持続可能な産業を生み出そうとする取り組み、特に食文化に焦点を当てた事例を通じて、地域の活性化に向けたヒントを探ります。

「食文化」に対する人びとの意識と価値観

電通総研では「クオリティ・オブ・ソサエティ指標2023」で全国12000人を対象に人びとの意識と価値観を捉えるための定量調査を実施しました。30項目の「日本らしい文化として、魅力的と感じるもの」の中から複数回答で選んでもらったところ、もっとも回答が多かったのは「食文化」51.0%、次いで「自然・風景」49.9%、「歴史的建造物・神社仏閣」46.3%、「伝統工芸品」42.3%、「温泉・入浴文化」42.1%という結果となりました(図1)。年代別で見てみても、全年代において上位3項目内に「食文化」が入っていました(表1)。

図1 日本らしい文化として、魅力的と感じるもの(全体)
 
表1 日本らしい文化として、魅力的と感じるもの(年代別)
 

また、観光庁の調査 ※1を見ても、訪日外国人が訪日前に期待していたことは「日本食を食べること」がもっとも多く、日本の食に対するインバウンド需要が大変高い様子がうかがえます。近年、一部の地域では、オーバーツーリズムが問題となっており、これからはインバウンド客の地方分散が必要となってくるでしょう。

日本の食文化は2013年に「和食;日本の伝統的な食文化」としてユネスコ無形文化遺産※2に登録されました。登録からの10年間で、海外では日本食レストランの数が3倍以上※3となっています。これは、単なる日本食人気の高まりではなく、世界的な人気の「日本のアニメやマンガ」に登場する日本食への関心も影響しているようです。また、近年、海外への輸出拡大が注目されている日本酒などの「伝統的酒造り」についても、文化庁はユネスコ無形文化遺産登録を目指しています。

日本における取り組み事例

食文化は、その地域の自然風土・歴史・文化が凝縮されたものとして、日本では全国各地で受け継がれてきました。
以下では、食文化を地域資源の一つとして捉え、地域活性に取り組む事例を紹介します。
 


■山形県鶴岡市(ユネスコ食文化創造都市)

山形県鶴岡市は、2014年12月にユネスコから「ユネスコ食文化創造都市※4」に日本で初めて認定されました。鶴岡市は、山、平野、川、海という変化に富む独特の地勢と、四季の変化が豊かに感じられる自然環境を背景に、豊かな食文化が育まれてきました。認定を受けた主な要素として、①信仰の中から生まれた食文化であること、②庄内藩主酒井氏の下で育まれた「農」への敬意、③「黒川能」に代表される行事食・郷土料理が継承されていること、④60種類以上が継承されているといわれる固有の在来作物の存在があること、などが挙げられます。
 

  • ※4 ユネスコ食文化創造都市:ユネスコが2004年に創設した「ユネスコ創造都市ネットワーク」の食文化部門に加盟している都市。
     ユネスコ創造都市ネットワークでは、文学、映画、音楽、クラフト&フォークアート、デザイン、メディアアート、食文化の7分野で、世界でも特色ある都市を認定。
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鶴岡市は、基本理念である「食の理想郷へ」の具現化のため、産業・交流・市民の3分野で事業を展開しています。産業面では、料理人の育成や「鶴岡ふうどガイド」という食文化の魅力を伝えるガイド活動の支援、各種イベントの開催、情報発信をおこなっています。交流面では、イタリア食科学大学や大手の調理師専門学校と連携協定を締結しています。市民に対しては、地域の食文化を学べる機会の提供や食育の実施などに力を入れています。
 

鈴木泰行 主査(鶴岡市役所 食文化創造都市推進課)

鶴岡市が発起人となって「豊かな食の郷土づくり研究会」を立ち上げました。現在では、全国約90の自治体に加盟いただき、ネットワークを構築しています。「食文化」を一つの資源として捉え、農業や観光、教育などとセットで郷土づくりに取り組んでいます。長期的には地域の人びとのシビックプライドや郷土愛の醸成へつなげていきたいと思っています。
 

 

■山形大学農学部


山形大学農学部の江頭宏昌教授らは、在来作物を次世代につなぐ研究をしています。在来作物とは「ある地域で、世代を超えて、栽培者によって種苗の保存が続けられ、特定の用途に供されてきた作物」であり、「生きた文化財」と呼ばれています。鶴岡市には「だだちゃ豆」などの在来作物が60種類以上も継承されています。

在来作物は、スーパーなどで一般的に手に入る品種改良された作物とは異なり、日持ちや品質の揃い方がよくないため、市場から淘汰されがちであることや、生産性や収益性が低いこともあり、消失の危機にありました。江頭教授は2001年頃に庄内地域にある在来作物に着目し、2003年に山形大学の教員有志によって山形在来作物研究会を設立。在来品種の価値を問い直し、市民に開かれた在来品種の保全活動に取り組んできました。現在は、日本全国の在来品種のデータベース構築※5などの取り組みをおこなっています。また、「アル・ケッチァーノ」※6のオーナーシェフ奥田政行氏は、実際に在来作物をレストランで提供したり、全国各地へ出向き、その地域の在来作物を料理して振る舞ったりなど精力的に活動しています。
 

江頭宏昌 教授(山形大学農学部)

在来品種は、「歴史や文化を伝えるメディア」です。住んでいる場所の地域らしさとは何かを知る手がかりになりますし、メッセージを伝えるシンボルにもなります。市場流通に乗せにくいからといって、消滅させてしまうのは実に惜しい存在です。継承には課題も多いのですが、今後は異業種との連携を図ることで継承への課題を解決していきたいと考えています。
 

 

 


■新潟大学日本酒学センター



新潟県は日本酒の酒蔵数※7、消費量※8ともに全国一位を誇ります。新潟大学の日本酒学センターは、日本酒に関連する文化的・科学的な幅広い分野を網羅する学問分野の構築・普及を目的に、2018年に設置されました。新たに確立された世界初の「日本酒学」は、「Sakeology(サケオロジー)」と名づけられました。新潟大学は、新潟県、新潟県酒造組合と連携協定を締結し、2021年に「日本酒学センター」を開所しました。日本酒学センターでは、「教育」「研究」「情報発信」「国際交流」の四つの大きな柱を中心に、さまざまな活動を展開しています。現在、山梨大学の「ワイン科学研究センター」、鹿児島大学の「焼酎・発酵学教育研究センター」の三者で連携協定を結び、広域にわたる教育・研究や人的交流、地域貢献にも取り組んでいます。また、国際的なワイン研究拠点であるフランスのボルドー大学やアメリカのカリフォルニア大学デービス校とも連携した共同研究など、海外との交流も積極的におこなっています。
 

岸保行 副センター長(新潟大学日本酒学センター)

今、興味があるのは「テイスト・オブ・ザ・プレイス(場所の味覚)」という考えです。デジタル化が進む社会の中で、その土地に行く意味が何なのかを考えること。それが地域のブランディングにつながると思っています。新潟に軸足を置きながらローカリティを極め、グローバルに発信していきたいです。また、近視眼的にならないためには、同じ地域内だけ、業界内だけといった、内輪だけで盛り上がらないことです。外からの目線を入れることが絶対的に必要だと思っています。
 

 

 


<クオリティ・オブ・ソサエティ指標2023 調査概要>
調査時期 :2023年6月14日~7月4日
調査方法 :インターネット調査
対象地域 :全国
対象者  :18~79歳の男女計12000名(都道府県×性年代の人口構成比に合わせて回収) 
調査会社 :株式会社電通マクロミルインサイト
 


次の記事では、海外事例をご紹介します。


執筆:合原 兆二
国内事例取材協力・写真提供:鶴岡市役所、山形大学農学部、新潟大学日本酒学センター

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