人材の定着、創造性の発揮——経営課題を突き詰めた先にある「ウェルビーイング」という答え。
コンサルティング×テクノロジー×空間で実装する人間中心の組織づくり

写真左より、クウジット株式会社 代表取締役社長 CEO 空実プロデューサー 末吉 隆彦氏、株式会社オカモトヤ 代表取締役社長 鈴木 美樹子氏、クウジット株式会社 取締役 CMO 空実プロデューサー 雙木 弘美氏、株式会社電通総研 コンサルティング本部 シニアマネージャー 安松 亮

社員の定着、組織の活性化、イノベーションの創出——。多くの企業が直面するこれらの課題を突き詰めると、「社員がいかに生き生きと働けるか」という問いに行き着きます。それはまさに、「ウェルビーイング」の問題です。人的資本開示の義務化などもあり、ビジネスシーンでウェルビーイングという言葉を聞く機会も増えてきました。しかし、経営層では「事業に直結しない投資」と見なされがちで、その真の重要性が浸透しているとは言い難いのが現状です。結果として人事担当者からは「重要性はわかるが、具体的に何から手をつければよいのか」「従業員サーベイの点数は出たが施策につながらない」という戸惑いの声も少なくありません。

こうした課題に応えるべく、ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)発のテクノロジー企業クウジットと電通総研は、ウェルビーイングの可視化から行動変容までを支援するコンサルティングサービスを開発しました。さらにオフィス総合商社のオカモトヤを加え、診断結果をオフィス空間の設計に接続する取り組みも進めています。

研究データに基づくコンサルティング、真の課題を特定するテクノロジー、そして物理的なオフィス空間の実装が掛け合わさることで、企業のウェルビーイングはどう変わるのか。クウジット 末吉隆彦氏と雙木弘美氏、オカモトヤ 鈴木美樹子氏、電通総研 安松亮の4名にその構想を聞きました。

福利厚生から経営アジェンダへ。企業がウェルビーイングに向き合う必然性

クウジット株式会社
代表取締役社長 CEO 空実プロデューサー 末吉隆彦 氏

――近年、企業経営においてウェルビーイングへの注目が急速に高まっています。皆さんはこの背景をどう捉えていますか?

安松:日頃、コンサルタントとして多くの企業の経営課題に向き合う中で、これまでの企業における社員の健康管理は、いわば「守りの施策」だったと感じています。病気やメンタル不調を防ぎ、休職や離職を減らすという、マイナスをゼロにする発想です。しかし現在求められているのは、企業競争力の向上に直結する「攻めのウェルビーイング」です。少子高齢化による人材獲得競争の激化、そして日本企業が長年苦しんでいるイノベーションの創出。こうした状況を打破するためには、優秀な人材が定着し、最高のパフォーマンスを発揮できる状態、つまりゼロをプラスに変える経営アジェンダとしてのウェルビーイングが不可欠になっています。

鈴木: 私たちオカモトヤは、オフィスの空間プロデュースを通じて企業の働く環境づくりをお手伝いしていますが、現場の肌感としても、コロナ禍などもありここ10年ほどの社会の変化は非常に大きかったです。時間や場所の制約を受けずに働きたいというニーズが生まれ、企業はそれに応える必要に迫られています。人が最小のストレスで最大限のパワーを発揮するためには、自己裁量を持てる環境が重要です。企業がそうした充足感のある環境を整えることは、もはや経営課題に直結する取り組みになっていると感じます。

雙木:私は大企業の新規事業開発に携わることが多いのですが、皆さん「ゼロイチを生み出す力をもっと高めたい」「大きな組織でもクイックに動ける仕組みをつくりたい」という声をお聞きします。世界中で自律や創造性が求められるなかで、日本企業にはまだ大きな伸びしろがあると感じています。
社員一人ひとりが「やりたい」と手を挙げられる裁量と環境をもたらすこと。それこそが日本企業が次のステージへ進むための突破口であり、言い換えればそれが「ウェルビーイング」なのだと思います。

末吉:私自身、10年ほど前に幸福学研究の第一人者である前野隆司先生の研究に出会い、以来、共同研究者としてウェルビーイング研究を続けてきました。この10年でウェルビーイングという概念自体も、健康面だけでなく、心や社会的なつながり、さらには地球環境へと広がっています。
ウェルビーイング経営を実践すれば、個人の創造性や生産性が上がり、結果的に企業価値も向上するというエビデンスは、2000年代からすでに出揃っています。今はまさに、その本質を理解したアーリーアダプターの企業から、実践へと移行している過渡期だと言えるでしょう。

「何でも自由=正解」ではない。多様化する価値観と会社らしさ

株式会社電通総研
コンサルティング本部 シニアマネージャー 安松 亮

――実際にウェルビーイングに取り組むとなると「何から始めればよいのかわからない」という企業も多いと思います。

安松:電通総研では、武蔵野大学の保井俊之教授、立命館大学大学院の枝川義邦教授らと共に、働く人のウェルビーイングを「働きがい(ワクワク)」「働きやすさ(居心地・人間関係)」「心身の健康」「生活の充実度」という要素で定義しています。
企業の方々とお話ししていると、対象となる従業員によって刺さる要素がまったく違うことに気づかされます。例えば、ホワイトカラー層には「働きがい(ワクワク)」が直結しやすいですが、地方の工場で働くワーカーの方々に「ワクワクしましょう」と言ってもピンとこないことが多い。彼らにとっては「働きやすさ」や「生活の充実」の方が切実だったりします。
こうした多様な状態を、従来のエンゲージメント調査の枠を超えて把握することが求められています。

雙木: ただ、大切なのは、サーベイで可視化した結果を画一的な解決策に当てはめないことです。例えば、派遣という働き方を自ら選び、そのなかで充足している方もいます。一人ひとり違う状態を「ウェルビーイング」という大きな傘で一括りにせず、それぞれの選択や価値観に丁寧に寄り添うこと。そこが最も大切にしたい点です。

鈴木:おっしゃるとおり、個人のウェルビーイングが多様化している一方で、経営者視点で見ると企業が選択肢を無限に増やせばよいというわけでもありません。経営はバランスです。
例えば、オカモトヤには全社一律のフレックスタイムは導入していません。すべての部署にフレックスを導入するのは会社の業態に合わないと判断したからです。その代わり、時間単位での有給取得を可能にしました。病院に行く、子どもを迎えに行くといった用事のために1時間だけ抜けることができれば、必ずしもフレックスである必要はありません。
大切なのは、会社が目指すフラッグ(=目的)に対して、その会社「らしさ」が反映された制度を構築することです。そして、その「らしさ」に共感してくれる人に来てもらい、その環境を心地よいと感じてもらうこと。それが組織におけるウェルビーイングの第一歩だと思います。

「相関」ではなく「因果」を見抜く。打ち手がわかるアセスメント

――では、自社固有の状態をどう把握し、何から手をつけるべきか。電通総研とクウジットが今回提供を開始したコンサルティングサービスについて教えてください。

安松:ひとことで言うと、「社員のウェルビーイング向上に向けた基盤構築を一気通貫で伴走支援するサービス」です。現状の調査・分析から始まり、具体的な向上施策の推進、そして効果検証に至るまでの一連のサイクルを提供します。電通総研はこれまでの学術的研究に基づく指標設計とコンサルティングを、クウジットは独自の分析テクノロジーを担います。
詳細はこちら:https://www.dentsusoken.com/news/release/2026/0526.html

雙木: 最大の特徴は、アセスメントの部分にあります。今回、1,900人のアンケート結果をもとに、自律型人材やウェルビーイングに寄与する50問のサーベイを電通総研と共同で開発しました。
そして、取得したデータをソニーCSL発の因果情報分析技術「CALC」を用いて解析します。世の中の多くのサーベイは「AとBが同時に起きている」という相関関係しかわかりませんが、CALCを使えば「Aを改善すれば、Bが良くなる」という因果関係が特定できるのです。

末吉:もともとこのCALCは、半導体工場などで製造不良率の要因解析に使われているデータ分析技術です。売上や生産性に直結する「モノ」の解析に使われている技術を、私たちは企業の最大の資本である「ヒト」、つまり人的資本に適用しているわけです。

雙木:例えば、「うちの会社はウェルビーイングである」という結果に対して、何が一番の要因になっているかは企業によって異なります。「給料が高いこと」かもしれないし、「社員同士の仲の良さ」かもしれない。実際、先行して診断を受けたオカモトヤで最も強く紐付いていたのは、「経営層が理念をしっかり伝えてくれている」という要素でした。
因果が特定できれば、会社側は「ここを伸ばせばいいのか」と、限られた経営リソースをどこに投資すべきか、打ち手が明確にわかります。これは経営層にとって非常に強力な武器になります。

クウジット株式会社
取締役 CMO 空実プロデューサー 雙木弘美 氏

――診断結果の伝え方にも、クウジットならではのユニークな工夫があるそうですね。

雙木:はい。私たちはAIで分析するだけではなく、その結果を人が自然に理解し、対話したくなる体験を設計することも大切にしています。経営層には数値による詳細な分析レポートを提供しつつ、社員に対する診断結果のフィードバックでは、無機質な点数で伝えることは避けています。「あなたの部署はウェルビーイング度が3.5点なので、4点に上げてください」というような数値だけの伝え方では、一人ひとりの納得感や気づきにはつながりにくいと考えているからです。
そこで我々は、組織の状態をブーケのような色で表現するアプローチを取り入れています。色は評価ではなく、その組織らしさや個性を表すものです。一人ひとり違う個性があるからこそ、組織全体として一つの花束になる。そんな考え方を、このブーケの表現に込めています。実際にオカモトヤでは、居心地の良さを表すオレンジ系の色が強く出ていました。「今は落ち着いた色味の組織だね」「多様な人が入ってきて華やかな色になったね」と、まるで人の顔色を見るように組織の状態を定性的に捉える。点数で競うのではなく、変化をポジティブに受け入れてもらうためのUXを意識しています。

データに基づく「空間」という処方箋。オフィス投資は人的資本への投資

――アセスメントによって因果が明らかになった後、それをどう具体的な施策に落とし込むのか。ここで一つの選択肢として「働く環境」というオカモトヤの空間提案が生きてくるのですね。

鈴木:はい。コロナ禍を経て、オフィスの在り方は劇的に変わりました。以前は「作業をする場所」でしたが、今は「出社してあえてコミュニケーションを取る場所」「会社の理念やカルチャーを体感する場所」としての役割が強く求められています。
例えば、「フリーアドレスを導入したい」というオーダーも、目的によって作るべき空間はまったく異なります。単に座席数を減らしたいだけなら、無機質な机を並べればよいでしょう。しかし、「部署間の交流を生みたい」「イノベーションの種を見つけたい」という目的があるなら、家具の高さや配置を変える必要があります。広い空間に同じ高さの机だけが並んでいると、立って話しているだけで目立ち、話す側は声をひそめてしまう。本当は周りが聞いてもよい話が、誰にも広がらないんです。カフェコーナーやブースがあれば、会話は悪目立ちしない一方で、「あの人たちが何か話しているな」ということは周囲から自然と見える。そこから共創やコミュニケーションが連鎖していくのです。

末吉:欧米の巨大IT企業がこぞってオフィス回帰を進めているのも、まさにそれが理由ですね。リアルな空間での偶発的な出会いやちょっとした雑談が、組織の生産性やイノベーション、そして社員のロイヤリティを高めるというエビデンスがあるからです。空間づくりがウェルビーイングに直結する時代は、すぐそこまで来ています。

鈴木:オカモトヤ自身も、実は40年ほど前から紙で従業員満足度を取り続けているのですが、本格的にES(従業員満足度)を上げることがCS(顧客満足度)に繋がると意識して取り組み始めたのはここ10年のことです。その結果をもとに何度もオフィスを改装してきた結果、社員満足度も顧客満足度も上がり、業績も大きく伸びました。
オフィスの改善で面白いのは、リニューアルした直後にグッと指標が跳ね上がることです。もちろん時間が経てば少し落ち着きますが、だからこそ、昇給や人事制度の改定と同じように、オフィスのアップデートも人的資本への定期的な投資として予算化し、継続的に取り組むべきだと考えています。経営陣が「あとは任せた」と丸投げするのではなく、経営の意図やストーリーを空間に落とし込むことが大切です。

ウェルビーイングを一時的なブームで終わらせないために

株式会社オカモトヤ
代表取締役社長 鈴木美樹子 氏

――最後に、ウェルビーイングを一時的なブームで終わらせないために何が必要か、展望とあわせてお聞かせください。

鈴木:日本には社会の基盤が比較的安定しているという平和的な土台があります。だからこそ、これからはGDPのような経済指標ではない異なる指標が根付いていけば、日本独特のウェルビーイングが生まれるのではないかと感じています。

末吉: おっしゃるとおりです。ベースとなる人類や地球としてのウェルビーイングは共通しつつも、日本独自の進化を遂げていくはずです。すでにデジタル庁でも「地域幸福度(Well-Being)指標」を作り、各自治体が住民調査を始めるといった動きが出てきています。こうした国や地域の指標と、企業独自の文脈でのウェルビーイングのストーリーが結びついていくことで、日本ならではの豊かなカルチャーが形成されていくと思います。

雙木:サーベイはゴールではなく、変化の入り口だと捉えています。私たちが提供したいのは、計測のその先にある変化の第一歩を踏み出す力になることです。課題を見つけ、空間や制度を変え、また測る。そのポジティブなスパイラルを作り出すパートナーでありたいですね。

末吉:私自身は、この取り組みを通じて、社員の「口角が少し上がる」といった日常的な変化を生み出したいと思っています。無理に笑顔を作るのではなく、働きやすい環境やデータに基づいた改善を通じて、結果的に内面からの笑顔や感謝が職場に増えていく。そんな世界線を作っていきたいです。

安松:エンゲージメントもそうでしたが、ウェルビーイングが経営のKPIを上げるための手段としてだけ語られることには、危機感を持っています。もちろん業績向上は重要ですが、根底にあるのは働く人が、自分の人生を豊かに楽しく過ごすことです。経営層の方々には、数字を追いかけるというような外発的なものだけでなく、従業員に良くなってほしい、楽しく働いてほしいという内発的な動機のもとにウェルビーイングに向き合ってもらいたいと願っています。

鈴木:オカモトヤのパーパスは「働くひとのミカタ」です。AIやテクノロジーが発達すればするほど、相対的に人間の持つ情緒や楽しさの価値が高まっていくはずです。「KPIのために頑張ろう」ではなく、「とりあえず楽しくやろうぜ」と言えるような環境づくりが、結果的に最大の企業競争力に繋がります。私たちは「Well-Being環境構築カンパニー」として、これからも企業とそこで働く人たちを全力でサポートしていきます。

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