データと感性を往復しながら「都市の幸せ」を実装する
――松山市・第2期 都市ブランド戦略共創プロジェクト

写真左より、株式会社電通総研 スマートソサエティセンター 寺村良寛 、同センター 山形拓史、松山市 総合政策部 シティプロモーション推進課 主任 久保明日香氏、同課 副主幹 篠﨑亮氏、株式会社電通西日本 グロースプランニングセンター CXプランニングネットワーク部 CXプランニングディレクター 毛利洋壮氏

人口減少と向き合いながら、選ばれるまちをいかに築くか。地方都市にとって、こうした問いの重要性は年々増しています。愛媛県松山市は2024年10月、2025年度からの5年間を計画期間とする「第2期 松山市都市ブランド戦略」を策定し、新たな都市ブランドスローガン「幸せになろう。」を発表しました。
このシンプルで力強い言葉の裏側には、市民との対話やAIを用いたソーシャル分析から導き出された「松山の未来に大切なこと」を、市の最上位計画である「第7次松山市総合計画」と連動させる緻密な設計がありました。構想にとどまらず、幸せを「みがく」「つなぐ」「つくる」「実感する」「発信する」の5つの視点で測る「まつやま幸せ指標」を新たに設け、確かな実行性を担保しています。

データ分析や客観指標に基づく戦略設計と、市民の共感を呼び起こすクリエイティブ。地方創生の現場で、こうした異なるアプローチはどのようにして響き合ったのでしょうか。本レポートでは、都市ブランドの策定主体である松山市、地域に根ざしたコミュニケーション設計を担った電通西日本、そしてデータ分析とEBPMの観点から戦略策定を支えた電通総研の3者のプレイヤーを通して、都市ブランド戦略刷新に向けた共創の軌跡を追います。

「今」を表すブランドから、「未来」を描くブランドへ

松山市 総合政策部 シティプロモーション推進課 副主幹 篠﨑亮 氏

――松山市では約10年にわたり「いい、加減。まつやま」というスローガンでシティプロモーションを行ってきました。今回、第2期としてブランド戦略を刷新することになった背景を教えてください。

篠﨑: 第1期のブランドを立ち上げた10年以上前は、全国的に「都市間競争」が激化していた時期でした。「松山ってどんな街?」というイメージを持ってもらうため、気候や風土、人柄がほどよく混ざり合う松山の特徴を「いい、加減。」と表現したのです。結果として、魅力度や認知度のランキングは上昇し、一定の成果を収めました。
しかし、コロナ禍を経て人々のライフスタイルが一変するなかで、10年前に策定した計画のままでは、松山市がこれからどこへ向かおうとしているのかが見えにくくなっていました。「今の松山」を表すには良い言葉でしたが、未来志向の観点が不足していたのです。「これからの松山の姿」を市民の皆さんと共創していくためには、新たな戦略が必要だと考えました。

毛利: 松山市がこれまで都市としての価値を言語化し、育ててきた経験は大きな財産です。一方でこれからは、その価値を「伝える」段階から、「市民とともに動かし、未来へ更新していく」段階へシフトしなければなりません。そこで、電通グループとして最も適した布陣を組むため、データ分析や戦略策定に強い電通総研とタッグを組むご提案をしました。
私たち電通西日本は、地域に根ざしたコミュニケーション設計や、わかりやすいメッセージ開発を通じて、人の気持ちを動かし行動につなげていく部分を担いました。計画を作るだけではなく、市民の皆さんがどう自分ごととして関われるか――その翻訳作業が大切だと考えていました。

山形: 今回のプロジェクトで電通総研は、電通西日本が担うクリエイティブとプロモーションの力を最大化するための土台作りから参画しました。具体的な役割は、データに基づき現状を可視化すること。そして、松山市の最上位計画である「第7次松山市総合計画」とブランド戦略を密接に連動させ、EBPM(Evidence-Based Policy Making:エビデンスに基づく政策立案)の観点から効果測定の仕組みを作ることです。

――松山市としては、この「電通西日本×電通総研」のチームを選んだ決め手は何だったのでしょうか。

篠﨑: 第2期の都市ブランド戦略を作るにあたっては、まずは市民の声を拾い、そこから考え方を整理してコンセプトを設計し、戦略を立てていく必要があります。その最初の入り口として極めて重要になるのが、データ分析のプロセスだと考えていました。
しかし、私たち行政にはどうしてもその分野の専門的な知見が不足しています。私たちの弱い部分を補い、客観的なデータ分析からクリエイティブへの落とし込みまでを一気通貫で伴走してくれる両社の強みは、まさに市として求めていたものでした。

あえて普遍的な言葉を掲げる覚悟と、それを後押ししたエビデンス

株式会社 電通西日本 グロースプランニングセンター CXプランニングネットワーク部 CXプランニングディレクター毛利洋壮氏

――戦略の土台となる分析において、電通総研ではどのようなアプローチを行ったのでしょうか。

山形:松山市を取り巻く外部環境の分析、市としての地域特性の分析に加え、市民の潜在的な声を探るため、AIを用いたソーシャル分析ツール「QUID」を活用しました。QUIDは、膨大なSNS投稿の中から松山市に関連する声を抽出し、AIによって話題や文脈を整理できるため、アンケートでは把握しにくい生の声も含めて捉えることができます。移住者インタビューなど松山市が持っていた豊富な素材も掛け合わせ、分析を進めていきました。
私たちが意識したのは、分析結果を“答え”として提示するのではなく、“議論を進めるための材料”として使うことでした。データは方向性を示す材料であって、最終的にどう解釈し、どう掲げるかを決めるのは松山市の皆さんです。その判断がより納得感のあるものになるよう、何度も行き来しながら設計を更新していきました。
分析の結果を踏まえ、松山市のシティプロモーションアドバイザーである赤松隆一郎さんも交えてディスカッションを行うなかで、ひとつの仮説として浮かび上がってきたのが「幸せ」というキーワードでした。デジタル庁が推奨している「地域幸福度(Well-Being)指標」を見ても、松山市は客観・主観の両面でまんべんなく偏差値が高く、市民が幸せを感じやすい環境であることがデータとして示唆されていました。

――「幸せ」という普遍的な言葉がコンセプトとして挙がってきたとき、松山市としてはどう受け止めましたか?

篠﨑: 正直なところ、最初は「どこの街でも言える言葉じゃないか?」と不安もありました。これまでの都市ブランドといえば、他にはない特徴を尖らせて差別化を図るのがセオリーでしたから。
しかしチームで議論を重ねるうちに、市民が最も求めている究極目標が「幸せ」だとデータが示している以上、それを言わない手はない、と思い至りました。どこの街でもいえることだけれど、どこも正面から掲げていない。だからこそ、覚悟を決めて、松山市が最初に掲げよう、と。そこで一気にチームが一体化しましたね。

毛利: 「幸せ」は抽象度が高く、扱い方が非常に難しい言葉です。だからこそ、私たちが一方的に「これが幸せです」と定義するのではなく、市民の皆さんの実感に基づいて丁寧に導き出すことを重視しました。理念にとどめず、「実感する」「発信する」といった一人ひとりの具体的な行動につなげるにはどうすべきか。試行錯誤の末にたどり着いたのが、「幸せになろう。」という呼びかけです。市民の皆さんが参加して更新していける言葉に落とし込みました。

映像体験とKPI設計の両輪がもたらす実装力

松山市 総合政策部 シティプロモーション推進課 主任 久保明日香氏

――スローガン決定後のクリエイティブやプロモーションにおいて、どのような工夫がありましたか。

毛利:制作したPR動画は「地域プロモーションアワード2025 ふるさと動画大賞(第7回)」を受賞※1するなど高い評価をいただきました。工夫したのは、「幸せになろう。」というメッセージを言葉で説明しすぎないことです。「松山にはこんな魅力があるから幸せなんです」と並べ立てるのではなく、高校生や幼稚園児の日常の何気ない瞬間を切り取り、テンポや間、ユーモアを交えながらひとつの映像体験として感じてもらう構成を目指しました。

久保:その効果は本当に大きく、先日、市の業務説明会に参加した学生の皆さんに聞いたところ、半数以上が「幸せになろう。」のスローガンを知っていて、動画のサウンドロゴを口ずさんでくれたんです。言葉だけでなく、感覚として市民に浸透してきているのを肌で感じて嬉しかったですね。

篠﨑:今回、ロゴデザインも3案から市民投票で決定したのですが、結果的に2万7千を超える票が集まりました。投票箱を小中学校や大学に持っていくと、子どもからお年寄りまで「自分が選んだロゴはどうなるだろう」と楽しみにしてくれて、大きな市民参画の第一歩になったと実感しています。
このような実感は定量的なデータにも表れ始めています。松山市が実施した調査では、「幸せになろう。」というブランドスローガンの認知度は策定から約1年で40%を超え、さらにそのスローガンに「共感できる」と回答した人は75%以上に達しました。

――一方で、スローガンを作って終わりではなく、電通総研主導で「まつやま幸せ指標」というKPIまで設計されていますね。

山形:はい。第1期ではブランドの認知度向上において大きな成果を挙げていましたので、第2期ではその土台を生かし、さらに一歩踏み込んで、効果を定量的に測りながらブランドを育てていくフェーズに移行したいと伺っていました。
ここで特に難しかったのが、「第7次松山市総合計画」のKPIといかに接続させるかという点です。ブランド戦略が独立して浮いてしまうのではなく、市役所の日々の業務やまちづくりそのものが「幸せ」につながっていると示せるよう、幸せを「みがく」「つなぐ」「つくる」「実感する」「発信する」という5つの視点に分解しました。そのうえで、「まちづくりのKPI」と「ブランディングのKPI(認知・関心・行動のファネル)」の2段構えで設計を行いました。

篠﨑:このKPIの設計は、本当に喧々諤々の議論を重ねました。というのも、ブランド戦略独自の指標をあれもこれもと作ってしまうと、現場がKPI疲れを起こしてしまいますし、毎年新たなアンケートを実施するためのコストもかかってしまいます。
そこで、電通総研とも議論しながら、松山市の最上位計画の総合計画と連動し、そこで設定されている指標を活用することで市として向かうべき方向性と一つにしました。「幸せ」という主観的な気持ちの測定はどうしてもブレが生じやすいのですが、そこを客観指標としっかり組み合わせることで、「これらの数値が良くなれば、松山市は確実に幸せに近づいているといえる」という、納得感のある20の指標に落とし込むことができました。

共創を体現した「幸せになろう。の木」

株式会社 電通総研 スマートソサエティセンター プロジェクトマネージャー 山形拓史

――実際のプロモーション活動でも「共創」を体現されていると伺っています。特に手応えのあった施策はありますか。

毛利:手応えを感じたのは「幸せになろう。の木」プロジェクトです。これは、ご自身の「幸せ」をメッセージカードに記し、木のオブジェに掛けていただく市民参加型の企画でした。言葉にすることで自分自身の幸せを再認識できるだけでなく、他の方のカードを読むことで多様な幸せのあり方を知ることができる。まさに「幸せをシェアしながら、思いが広がっていく」仕組みです。
さらに、メッセージカードは松山市の市花「椿」をイメージした赤い輝きを模したデザインにしました。カードがたくさん掛けられることで、最終的に「幸せになろう。」のロゴマークのように一人ひとりの幸せが集まり大きく輝いた姿が完成します。ブランドの思想と世界観を、そのままリアルな体験として体現できた意義深いイベントになりました。

篠﨑:予想をはるかに超える反響がありましたね。最終的には約3000ものメッセージが集まりました。市民の皆さんがカードに触れ、「人によってこんなに多様な幸せがあるんだな」と改めて気づく機会を提供できたと感じています。
親子連れの方がとても幸せそうな表情でカードを書き、記念写真を撮ってくださる光景が印象的でした。地元の民放局が取材に訪れるなど、社会的な波及効果も大きかったですね。

山形:そして、それを単なる一過性のイベントで終わらせないのが私たちの役割です。集まった約3,000枚のメッセージをテキストマイニングにかけ、市民の皆さんがどのような言葉で「幸せ」を語り、どこに価値を見出しているのかを定量的に分析しました。実はSNS等を分析すると、一部には「幸せの押しつけではないか」という厳しい声も可視化されています。だからこそ、今後は言葉だけでなく、具体的なアクションを提示していく必要がある。そうしたイベントやSNSで生まれたリアルな感情のデータを、次なるブランド推進アクションへとつなげていければと考えています。

都市間競争を越えて、ともに「幸せ」を育む未来へ

――作ることがゴールではなく、運用していくためのブランド戦略であることがよくわかりました。今後の展望をお聞かせください。

篠﨑:今回の戦略はスタート地点です。今後は、行政の発信だけでなく、大学や企業、NPOなど多様な主体を巻き込み、「幸せといえば松山」という空気感を街全体で作っていくことが目標です。
また、人口減少が進むこれからの時代は、「自分の街さえ良ければいい」という都市間競争ではなく、近隣の自治体とも手を取り合いながら住みやすい街を日本全体で作っていくフェーズに入っています。「幸せになろう。」は普遍的な願いだからこそ、そうした連帯のメッセージにもなり得ると信じています。

毛利:地方創生の取り組みは、立派な構想で止まってしまったり、プロモーションが一過性で終わってしまったりすることが少なくありません。これからの地方創生は「つくること」以上に「続いていくこと」が重要です。今回のように、電通総研が分析と戦略で「土台」を作り、私たちがコミュニケーションで市民の「推進力」を生み出し、それを一体で回し続けられることこそが、電通グループ最大の提供価値だと実感しています。

山形:地域が持つ本来の「らしさ」や魅力は、データや市民の何気ない声のなかに隠れています。それを広く拾い上げ、共感を生むクリエイティブに昇華させ、さらに効果測定の仕組みを回していく。この”データと感性の往復”こそが、これからの都市ブランディングには不可欠です。私たちはこれからも、自治体の皆さまの半歩先の未来を実装するパートナーであり続けたいと思います。

50周年記念サイト