今、日本の製造業で何が起きているのか?現状と直面している課題【連載】シン・製造業#1

寺嶋 高光 ISIDビジネスコンサルティング代表取締役社長

 

工場の機械の稼働状況や交通情報、個人の健康の状況など、さまざまな活動をデータ化し、人の手を介さずにインターネットを通じて集約した上で分析などを行って活用するIoT技術。そして、コンピュータ自らが学習して一定の作業を行うほか、3Dプリンターの発展によって複雑なモノの製造も可能にしているAI。こうしたデジタルを駆使した現代の技術改革を、第四次産業革命と呼びます。
ISIDビジネスコンサルティングは、そんなデジタル時代の日本企業の事業革新に従事しています。
こちらの連載では、デジタル時代を生き抜き発展するために、ISIDビジネスコンサルティングが考え、支援に活かしていることを記事にまとめていきます。
第1回目となる今回は、モノづくり大国日本が直面している現状と課題と今後を左右する新しい製造業(シン・製造業)についてお話しします。

シン・製造業とは……
「モノ」をつくりつつ、その「モノ」を軸とした新しい価値やユーザー体験を提供し、社会課題を解決するビジネスを生み出す製造業のことを、ISIDビジネスコンサルティングでは「シン・製造業」と呼びます。こちらの連載でも、この定義のもと、記述しています。

日本経済を支え続けてきた製造業が、今、危機に面している

第三次産業革命は主に20世紀後半までのインターネットを中心としたICT(コンピュータを利用した情報連携技術)革命でした。日本はこの流れに後れを取りました。そして、現在は、第四次産業革命の真っ只中にありますが、ここでも遅れをとっていると言われています。第四次産業革命におけるコアとなるデジタル技術を活用して行う企業変革、DX(Digital Transformation)は、大企業を中心に取組みが行われていますが、日本における成功例はまだ多くはありません。日本は世界の先進国に比べて、遅れをとっているのが現状です。
「DX」は、数年前から国内でも飛び交うバズワードとも言えますが、DXという言葉だけに執着をしてしまうと、手段としてデジタル技術を活用することや、オペレーションの自動化、効率化だけが目的視されてしまうケースがあり、企業自体のトランスフォームを成功させることができません。ただデジタル技術を活用し、既存のビジネスの効率化を行うだけでは、欧米、中国、韓国などの勢いある成長企業に対抗できる競争力を持つことはできない状況に、今日本は立っています。

モノづくりが得意な日本だからこそできること

では、デジタル技術の革新が進む世界で、生き残るにはどうすればいいのでしょう? それは、社会課題解決のために、新たな価値創出を行う「シン・製造業」へ変革することにあります。

日常生活に必要なモノは、すでに日本社会には飽和しており、既存品の新製品が出たとしても、昭和期の多くの消費者がそうしたように、何としても手に入れようという動機にはつながりにくくなっています。
消費者は、モノの機能的な価値だけでなく、機能的価値を含んだモノを利用するという体験空間全体から得られる新しい体験を期待しており、お金の使いどころは、この体験価値にシフトしています。
従来の日本製品ブランドは「品質が良い」「壊れない」など良質で機能的な価値を最大の武器として隆盛を誇ってきましたが、これからの製造業ブランドは、社会や人にとって新しく良い価値を提供し続けるという情緒的価値・精神的価値を訴求する考え方に変容しなければなりません。
この情緒的価値・精神的価値を提供し続けていく企業こそが「シン・製造業」と呼べるものであり、日本には、この分野において海外企業がすぐには模倣できない価値がたくさんあります。
たとえば、「安全」・「安心」であったり、「清潔」・「クリーン」であったり、「もったいない文化」からくる「リサイクルや廃棄物の極小化」、「おもてなし文化」からくる「温かさ」・「誠実さ」・「粋」などがこれに該当します。
これらの価値は、従前から日本人が大切に育んできた価値であり、日本の文化や職人魂から産み出され続けているものです。ただし、これらが提供されている空間、利用者の体験価値は、数値として表しづらく「目に見えにくいもの」あるいは「見える化しにくいもの」でした。
ところが、デジタル社会では、IoT技術やブロックチェーン技術などによりデータとしての可視化が可能になってきています。これが国内外にわたって、信頼性と透明性を伴っていけば、日本の製造業のブランドは大きく変わっていきます。

「シン・製造業」とはどのような企業なのか?

これからの新時代を勝ち上がっていくために、企業そのものを変革しなければならないということ、それこそがDXであり、第四次産業革命真っ只中の今、それをすべき大きな波が訪れています。
変革を遂げている「シン・製造業」とはどのような企業のことをいうのか。それは、大きく以下の4つの要素を満たす企業である必要があります。

①短期的な業績目標だけでなく、社会や人のためになる中期目標を掲げ、透明性を持って意思決定を行える企業=「コーポレート戦略」
②自社の強みをベースにコアとノンコアを見極め、事業環境に応じてバリューチェーンを再構築し続けられる企業=「バリューチェーン戦略」
③UXをベースにして社会にとって新しい価値を創出し、その価値を提供し続けられる企業=「新規事業戦略」
④デジタルテクノロジーを活用し、DXし続けられる企業=「DX戦略」

これらの4つの要素について、詳しくは別の記事でお伝えしますが、ここではそれぞれの概要を説明します。

組織、意思決定プロセスの革新(コーポレート戦略)

①の「社会や人のためになる中期目標を掲げ、透明性を持って意思決定を行える企業」 を実現するためには、その目標達成のための活動パフォーマンスを測る指標を策定、計画し、社内外に向けてディスクローズしなければなりません。その評価のためには財務諸表は重要ですが、財務諸表だけでは「社会や人のためになる」様々な活動の成果や目標を企業価値として反映することはできません。たとえば、カーボンニュートラルへの対応、フードロスを解決しようとする活動などを財務諸表で表すことはできないということです。
先ほど挙げた、「もったいない文化」や「おもてなし文化」など、日本ならではの独自性や優位性を発揮できる指標をはじめ、透明性を伴った非財務情報の開示は、新たな日本企業のブランド「シン・製造業」となり得る大きなチャンスになるはずです。
このような、非財務情報を企業はどのように開示し、自社の存在意義を示すのか? 他国の企業が真似できない日本企業ならではのカルチャーに根差すものを、どう示せばよいのか? 戦略をたてる必要があります。もちろん、ただ開示するだけでなく、新しい価値を生み出せる組織へと変革を遂げなければなりません。

バリューチェーンデジタルツイン革新(バリューチェーン戦略)

②の「自社の強みをベースにコアとノンコアを見極め、事業環境に応じてバリューチェーンを再構築し続けられる企業」になるためには、バリューを提供するためのストーリー形成とコア領域へのリソースシフトを行い、自社の強みを最大限に活かせるバリューチェーンを形成しなければなりません。それに加え、変化に強くなるためのデジタルツイン環境を構築する必要があります。

新規事業の創造(新規事業戦略)

③の「UXをベースにして社会にとって新しい価値を創出し、その価値を提供し続けられる企業」は、②によって変革を進めていく自社を、さらに成長させるために不可欠です。「新しい価値の創出」のためには新事業・サービスを生み出すことが必要なのです。
この新事業・サービスとは、既存の経済合理性曲線の外側において、社会や人が抱えている新たな課題を解決していくものとして、小さく生み出し、段階的に複数をつなげながら現状の経済合理性曲線の枠を外側に広げていく市場の創造のことをいいます。顧客一人ひとりが、企業が提案する新たな価値に支出を上乗せするイメージです。
これは例えば、免許返納者に、新しい免許が不要なクルマを提供することや、個人やその人の状態に合わせて完全にパーソナライズされた化粧品だったり、海の中や魚の動きが見える新しい釣り体験など、無限のアイデアと価値が創造される場になります。
このような経済合理性曲線の外側の空間に創出する新事業、いわば「小さな世界」を創出するためのアプローチを、UX(ユーザーがプロダクトを通して得る体験)をベースに行っていく必要があります。

DXでつなげる、持続可能なビジネス(DX戦略)

①~③を持続的に実施するために必要不可欠な要素が4つ目の要素となる「DX」です。①~③の取り組みをベースに「面」※1を形成し、広げていきます。「面」とは、特定の価値でつながったコミュニティであり、空間であり、新たに創り出す「小さな世界」でもあります。

※1 面を構成するためのDX要素

特徴は「インテリジェンス・人」が「顧客」「製品・サービス」「企業内IT」「社会システム」をつなぐという点にあります。ここでの「インテリジェンス・人」を構築するためには、データ構造化・設計・分析するための専用のモデルとアルゴリズムを持つこと、人間が持っている暗黙知の形式知化、IoTやクラウド、AIなどのデータ収集・格納・分析テクノロジーを保持する必要があります。これらがデジタルデータでつながり、「インテリジェンス・人」を中心とした面を形成していくこと、これが「シン・製造業」を競合企業から守り、持続可能にしていく仕掛けとなり得るでしょう。

シン・製造業がどのような企業か、またどのようなアプローチで変わっていくのかを4つの要素に分解してお話ししました。
次回は、労働生産性があがらない日本の製造業の現在地についてお伝えしたいと思います。

  • 当社代表の著書『シン・製造業 製造業が迎える6つのパラダイムシフト』の購入はこちら新しいウィンドウで開きます
  • 記載情報は執筆当時(2022年11月)におけるものです。予めご了承ください。
  • 株式会社ISIDビジネスコンサルティングは2024年1月1日に株式会社電通総研へ統合いたしました。

お問い合わせ先

●製品・サービス・リリースに関するお問い合わせ先
TEL : 03-6713-5555
MAIL : webinfo@group.dentsusoken.com
ADDRESS : 〒108-0075 東京都港区港南2-17-1

スペシャルコンテンツ