株式会社IHIエアロスペース 旅客や貨物を輸送する「将来宇宙輸送システム」の実現を目指すPHMの取り組み

  • ものづくり
  • IoT・ビッグデータ
株式会社IHIエアロスペース 宇宙輸送システム技術部システム技術室 主査 野口裕一氏

株式会社IHIエアロスペースは、宇宙機器、防衛機器等の設計・製造・販売、航空機部品の製造・販売などを手掛ける企業です。宇宙機器では、日本の基幹ロケット※1であるイプシロンロケット、H-IIAロケットやH-IIBロケットの固体ロケットブースターSRB-A(打上げ時の推進力を補助するロケット)、人工衛星用スラスタ(軌道変更や姿勢制御に使用されるエンジン)、国際宇宙ステーションで使われている特殊な実験機器などが主要な製品です。他にも、小惑星探査機「はやぶさ」「はやぶさ2」に搭載されて地球に帰還した再突入カプセルを設計・製造・販売したことでも知られています。

そんな同社が、2040年の実現を目指して取り組んでいるのが、高性能なエンジンを用いて航空機のように旅客や貨物を輸送する「将来宇宙輸送システム」の研究開発プロジェクト。これが実現すれば東京とニューヨークを最速90分でつなぐことが可能になると言われています。
このプロジェクトにおいて、重要かつ難易度の高い課題の一つとして挙げられるのが、これまで往路のみの飛行で使い捨てが前提であったロケットを、安全に何度も往還できる「輸送システム」にすること。
そのために同社は、欧米諸国の製造業を中心に広がっている「故障予知と健全性の管理(Prognostics and Health Management、以下PHM)」の取り組みに着手したのです。
PHMは、単なる故障検知に留まらず、システムや機器の稼働状態を健康になぞらえ、複合的にその健康を管理することで適切な意思決定を行い、ひいては事業推進や企業経営そのものにも役立てていこうとする取り組み全体を指します。

「現行のロケットは、極力故障を排除して打ち上げ、ひとたび打ち上げると使い捨てのため、活用できる故障関連のデータが極めて少ない。この状態から、精度の高い故障予知を行うという難易度の高い目標を実現するために、航空業界や自動車業界でPHM支援の豊富な実績があるISIDに声をかけました」。こう語るのは同社宇宙輸送システム技術部システム技術室主査の野口裕一氏。ISIDとともに、宇宙業界としては前例の少ないPHMの取り組みを推進し、将来宇宙輸送システムの実現を目指しています。

使い捨てだったロケットを、安全かつ確実に往還できる「輸送システム」にしたい

「将来宇宙輸送システム」とは、航空機のように旅客や貨物を宇宙に輸送するシステムのこと。このシステムを実現するためにはロケットを安全に何度も往還できるようにすることが必要です。

「これまで私たちが開発・運用してきたロケットは、一旦打ち上げられてミッションを終えれば、基本的に燃え尽きますし、途中で異常が発生してミッションを完遂できなくなった場合には、地上に被害を与えないように破壊できる設計になっているのです。ところが、旅客を輸送するとなるとそうはいきません。とにかく安全に、行って帰ってくることが必要です。さらには、大陸間高速航行用の将来輸送となると価格が需要に見合っているかも重要です。単純に安全性を高めるだけであれば、費用をかけて安全なシステムは実現できますが、それではビジネスとして成り立ちません。安全性と費用との駆け引きが発生し、いかに安全かつ費用が魅力的な輸送サービスを提供するかが鍵となります」
そう語る野口氏。故障を予知し手を打つことで、安全に繰り返し使用できる輸送システムを生み出すべく、PHMの取り組み、具体的には予想されるあらゆる故障に対する対策を事前に設計に盛り込むための仕組みの構築に取りかかりました。

IHIエアロスペースの製品・プロジェクト紹介ポスター

『MADe PHM』を活用し、最適なセンサ配置を設計する

ISIDをパートナーとして選択した理由は、航空機や自動車などのメーカー向けに多くのPHMソリューションを提供していることに加えて、ITの領域だけでなく “ものづくり”への豊富な知見があり、共に考えてくれるパートナーだと感じたからです。

宇宙輸送システム技術部 システム技術室 主査 野口裕一氏

PHMに取り組み始め、最初にぶつかった壁が「故障予知に使えるデータがほとんどないこと」でした。

「現行のロケットは、1回発射してミッションを終えたら廃棄してしまいます。ですからこれまで、どう使ったら故障するか、何回使ったら寿命を迎えるかといったデータがわずかしか取れていませんでした。しかも、費用や規制の問題で、自動車のように試作機を作って何万回もテスト運転をするということもできません。データが少なく、かつ、これからデータを取るのも容易ではない……。この状態を打破するには、知見のある他社の力を借りなければならないと考え、ISIDに相談しました」(野口氏)

ISIDに相談を持ち掛けた理由は、「PHMの実績を豊富に有していたから」という野口氏。航空機や自動車などのメーカー向けにPHMソリューションを提供しており、また、世界有数の故障診断・予測技術の研究団体であるIMSセンター※2から生まれたPredictronics Corp.(以下 プレディクトロニクス社)と資本・業務提携を結んでいるところにも魅力を感じたと言います。

「2019年にISIDと一緒になって本格的にPHMに取り組み始め、まずは『The MADe Suite(以下MADe)』を使って、必要なデータを取るためのセンサの配置についてシミュレートしていきました。センサの配置シミュレーションから始めたのは、宇宙輸送システムにはコストと質量の問題が常に付きまとうからです」(野口氏)

MADeは、システムや機器が持つ機能間の因果関係をマッピングすることで、故障がなぜ発生し、どこに影響するのかを特定します。また組み込まれたプロセスとライブラリによって、担当者の技術やスキルに依存することなく解析したり、新たな担当者へのナレッジ移管も円滑に行ったりすることが可能です。さらに、PHMモジュールを活用することで、システムや機器の健全性や異常予兆を的確にモニタリングするための最適なセンサ配置の設計とその検証・評価を実現します。これらの作業がモデルベースで実行されるため結果の透明性が確保できるのも魅力です。

NASAも活用しているMADe。ISIDは、日本で唯一のMADeの総代理店です。
「本当ならできるだけ多くのセンサをつけたいところですが、それでは費用が膨れ上がってしまいますし、センサの重さで機体のバランスが崩れてしまいます。そこで、まずは『MADe』で、最も効率よく必要なデータを取るためのセンサ配置やセンサ個数をシミュレーションしていったのです。『MADe』には、起きうる様々なリスクや故障モードを網羅したライブラリが入っています。状態監視や保全にかかる費用、リスクによる損失コストなどを総合的に算出し、システムへの影響を金額で評価することが可能です。最適なセンサを、最適な場所にコストを考慮しつつ無駄なく設計配置することができる。実際に使ってみて非常に有用なツールだと感じました」(野口氏)

『MADe』で配置したセンサで故障予知に向けて大きく前進!

「MADe」で最適なセンサ配置を割り出した後は、実際に故障を予知できるかの検証を行いました。

「想定していた以上に、故障予知の手応えを得ることができました。MADeのシミュレーション上で、取得しているデータの何に着目すべきか、故障するとデータはこういう反応をするはずだという予測結果が見えてきたのです。エンジンなどの部品の中には、髪の毛1本程度の異物が入っただけで異常を起こしてしまうようなデリケートなものもあります。部品同士の接触で発生した小さな小さな欠片であっても異常を誘発してしまうこともあるのですが、そういった事態を未然に察知するための確認ポイントがわかりました」(野口氏)

今後は、MADeで構築した一連のシステムを将来宇宙輸送システムの設計に組み込み、さらに検証するというステップに進んでいくとのこと。
「宇宙開発分野でPHMに取り組むというのは、これまでに例を見ない新しい取り組みです。しかもごくわずかなデータをもとに進めなければならないという制約もある。こうした未知の取り組みは、一企業で達成できるというものではなく、さまざまな専門性に基づく知見を集約する必要があると考えます。そうした点でも、ISIDには助けられました。PHMをよく知るエンジニアやデータサイエンティストが親身にプロジェクトを進行してくれましたし、プレディクトロニクス社や教育機関などを通じて、データ分析に関して、より高度な知識を持つ専門家とアカデミックな議論をすることもできました。今後も、ISIDとともに、より多くの企業と協力しつつ、この取り組みを進めていきたいと思っています。そして、『宇宙から地球を見る』という刺激的な体験を、宇宙飛行士などの特別な人だけでなく、一般の人にも多く経験していただきたい。そんな未来に向けて、真摯に、研究開発を続けていきます」(野口氏)

  • ※1
    基幹ロケット:安全保障を中心とする政府のミッションを達成するため、国内に保持し 輸送システムの自律性を実現する上で不可欠な輸送システムのこと。(「内閣府:宇宙政策委員会 宇宙輸送システム部会 第5回会合 中間とりまとめ新しいウィンドウでPDFファイルを開きますより抜粋)
  • ※2
    IMSセンター:アメリカ国立科学財団(National Science Foundation)が主催する産学連携活動の一つで、2001年以降、故障予知及びそれに関連する分野の研究に取り組んでいる。

2021年5月更新

株式会社IHIエアロスペース 会社概要新しいウィンドウで開きます

社名
株式会社IHIエアロスペース
本社所在地
〒135-0061 東京都江東区豊洲三丁目1番1号 (豊洲IHIビル10階)
資本金
50億円
従業員数
約1,000名
主要工場
富岡事業所(群馬県富岡市藤木900番地、敷地面積約49万m2
事業内容
宇宙機器、防衛機器等の設計、製造、販売及び航空機部品の製造、販売など
  • 記載情報は取材時(2021年3月)におけるものであり、閲覧される時点で変更されている可能性があります。予めご了承ください。

お問い合わせ

株式会社電通総研 製造ソリューション事業部
E-mail:g-industrial-big-data@group.dentsusoken.com

関連ソリューション

スペシャルコンテンツ