体験して気づくことで見えてくる、サステナブルな社会

「社会の公器」といわれる企業には、利益の追求にとどまらず、企業を支える多様なステークホルダーやサステナブルな社会づくりへの配慮が欠くべからざる視点となっています。起業家と支援者をつなぐことによって、起業家を支援しながら社会問題の解決を目指す社会的投資に取り組んでいるARUN Seed代表の功能聡子氏から、社会問題への向き合い方やソリューションの生み方、そして今後の課題など、企業にも参考になる示唆をいただきました。
ユニークな経験が未来に生きる
――ARUN Seed(以下、ARUN)を始めたきっかけについて、教えてください。
きっかけはいくつかありますが、まず中学一年生の時に参加した、信州の農村での「少年少女勤労合宿」というワークキャンプでの体験がその一つです。農業を基盤に、いろいろな特性をもった人が一緒に生きることをコンセプトにした場所で、障がいのある人たちも共に生活していました。そこで一緒に暮らす中で、小学校にあるような成績表では測れない、笑わせるのが上手な人とか、食事の時間を知らせる板木の打ち方が上手な人とか、いろいろな活躍の場があることに気づきました。その時、それぞれのできる役割で構成されている社会は素晴らしいと感じました。私が代表を務めるARUNは、「地球上のどこに生まれた人も一人一人の才能を発揮できる社会」というビジョンをもっていますが、ここでいう才能には、誰にでも一人一人に与えられている「天分」という意味が込められています。天から与えられている、つまり何かをつくり出すというよりは、初めから与えられているものがみんなにあると信じています。「少年少女勤労合宿」はそれを感じさせてくれた体験でした。
次に、中学生の頃に岩村昇先生というネパールで活躍されていたドクターにお会いしたことにも大きな影響を受けました。岩村先生は当時ネパールの山の中で医療活動をされていて、主に結核やハンセン病などの感染症の治療に尽力されていました。当時は病院に設備がないため長く入院することはできず、しかし診療所も他にないので、何日もかけて山を歩いて患者さんが来る。岩村先生は診察をして薬を渡し、患者さんはまた長い道のりを帰っていく。それでも亡くなってしまう人がいて、その孤児を引き取られたりしていました。そういう、村の人たちの中に入り、一緒に生きる姿にとても引かれ、自分もそういう生き方がしたいなというふうに考えるようになりました。
そして、大学を卒業する直前に行ったフィリピンでの体験やシスター海野との出会いも、とても貴重なものでした。当時はピープルパワー革命※1によって、独裁として知られていたマルコス政権からアキノ政権に変わった時期で、フィリピン全体が非常にエネルギッシュな時代でした。私は農業関係のツアーに参加し、いろいろな地域の農村を見て回りました。ツアーの中でルソン島北西部のバギオという都市を訪れました。そこには山岳民族の先住民族が住んでいて、そこで活動している日本人のシスター海野にお会いしました。修道女として、本当の意味での愛を体現する試みをされており、どんな人も神に愛されている存在なのだということをおっしゃっていました。「天分」という言葉に通ずるところがあると思っています。フィリピンでは日本軍に親族を殺されたという人にも会い、日本はアジアの人びとの間でどのような存在なのか、これからどのような関係を築いていくべきなのか、考えさせられました。

大学を卒業後、国際協力に従事するためカンボジアに10年間住んでいました。分野としては、地域、保健医療や、農村開発に関わるような調査やコーディネーションの仕事をしていました。その中で一番心を動かされたのは、カンボジアの人たちが変わっていく姿でした。農村の人たちが新しい農法に出会い、それを自分たちで試して、周りに伝え、さらに周りの人たちと一緒になって展開する。農産物を市場に出して利益を上げるのはもちろんのこと、首都プノンペンから役人や、援助機関の人たちが見学に来たり、村から出たことがなかった人が、他の村にその農法を教えに行ったりといったことも起きました。教わった技術を使って人が変わっていく様子を見て、すごく感動したし、人や社会が変わる場面に立ち会うことの醍醐味を感じました。中学生の頃にネパールのお話を岩村先生から聞いた時に抱いた夢と重なるようでした。そのようにしてARUNの原型が形づくられていきました。
――ARUNとは別の、女性が活躍しやすい社会に向けた活動について教えてください。
W20※2に日本デレゲート(代表)の一人として参加し、ジェンダー平等な社会の実現に向けた政策提言活動をしています。日本はある程度成熟した社会でしっかりした制度もあるので、なんとなくうまく回っているように勘違いしてしまう。問題があった時に空気を読んで見て見ぬふりをして過ごしていることも多い――そんな中、自分に何かできるのだろうかという空虚な気持ちになり、声をあげられないこともあるかもしれません。そういう状況が、女性も活躍しやすい社会の実現が日本で遅れている理由の一つではないかと感じています。
次に、世界に目を向けると、貧困層ではそもそも女性に限らず人権や人道的な問題が非常に多く残っています。さらに、法律や制度が整備されていないため、一層女性が活躍しにくい社会が形成されています。一方、何もないところから制度も組織も全部自分たちでつくっていくことになりますので、連帯の機運が高まり情熱も注がれます。ゼロからつくり始める時に、自分の知識や経験を役立てられると考えて活動しています。結果、日本より女性の活躍が進んでいる社会も多く、私たちが学ぶところも多い。
ジェンダーの問題については、国や文化によっても状況がとても違うので、何が正解かわからないことも多いですよね。それほど複雑で多様だということを、もっと一人一人が理解する必要があるのではないでしょうか。一人一人違うというところに、大切にすべき個性があると考えています。

好奇心が社会を変えていく
――問題と直面した時に、どのようにソリューションを描いていますか。
通常のビジネスでは利益が出るところに融資や投資を含めたお金が集まってきます。なので、まずどうやって利益を出すかを考えます。一方、ARUNでの経験を踏まえると、社会にとって大事なことや、面白いと感じられるものにお金が集まることでビジネスになっていくというような、逆の循環もあると思っています。ソリューションも同様で、お金のために解決するのではなく、社会にとってよいもの・面白いものという観点をもって問題を解決していく方法もあると考えています。それはARUNの経営方針にも反映されており、ARUNは非営利活動ではあるものの、社会貢献とはあまり考えていません。これがビジネスになって動き出したらいいな、というものを見つけて、それをビジネスにしていくところをお手伝いしたい気持ちが根底にあります。
ARUNの投資先を一つご紹介させていただくとわかりやすいかと思います。インドの「リアルエレファント・コレクティブ」という会社です。インド・タミルナドゥ州の森林はランタナという侵略的外来種の植物に侵食されてしまい、森林の生態系が壊れ、野生動物の食料がなくなってきています。さらに、熱帯地域ではランタナの繁殖力が強くどんどん成長してつるが伸びてしまい、茂みを形成し野生動物の通り道をふさいでしまいます。そのような状況で食べものを求めて森林から出てきた野生動物が人間と出合ってしまったり、農作物にも被害を出したりしてしまう。多くの国ではそういう場合、動物の駆除という手段が選ばれがちですが、インドの先住民族の人びとは野生動物と共存してきた歴史がありますので、殺さず、かつ森林環境を元に戻すための解決策を考えたわけです。それが伐採したランタナを活用した象のオブジェ制作でした。
就業機会の乏しい先住民族コミュニティに職業訓練をおこなうことで象のオブジェを制作し、雇用創出と収入増加など、コミュニティのエンパワーメントに貢献しています。またイベントやオークションでの販売を通じて、外来種による森林減少対策や野生動物と人の共存に関する啓発活動をおこなっています。「野生動物と人間の共存」「侵略的外来種の駆除とアートによる生態系の復元」を実現した革新的なソリューションであるといえます。

――最後に、日常の中で社会問題・社会課題に向き合う方法をお教えください。
好奇心をもつことではないかと思います。「面白いな」でもいいし、「変だな」でもいい。「あれ、何だろう」でもいいですよね。心が動いたら、それをもうちょっと考えてみる。何で自分の心は動いたんだろう、何で興味をもったんだろうと考える。そのように深掘りすると、理解において一歩先に進めるんじゃないかなと思います。自分の肌で感じるものや、食べて感じるなどの感覚に注意を払うことでも、いろいろなことに気がつくことができます。せっかく人間は物理的な体をもって生きているので、「身体性」を生かすとよい点もよく見えると同時に、問題も見えてくる。その問題は実は他の人も同じように感じていて、社会の大きな問題とつながっているかもしれない。そしてよいものともっと関わっていたいから問題とも向き合うことになる。
日本では、社会問題・社会課題に向き合う企業や団体に投資や寄付が集まりにくい傾向があります。それだけ、社会問題・社会課題に目を向けるという文化が根づいていないということですが、近年の気候変動や多様性の認知、世界情勢の悪化などの影響で、社会問題・社会課題に対する意識は高まっており、寄付やプロボノを希望する人が増えている実感があります。現在、ARUNは海外の課題に取り組んでいますが、今後、日本にある課題にも取り組んでいきたいと考えています。多くの人たちが好奇心をもち、行動し、体験し、考え、気づくことで、さまざまな社会問題・社会課題に一緒に取り組むことができたら幸いです。

インタビューを通して
インタビューを通して
グラミン銀行を設立し、マイクロファイナンスを前進させたことで知られる現バングラデシュ暫定政府の首席顧問ムハマド・ユヌス氏は、日本での講演の中で「よりよい社会をつくるためには、さまざまなことに疑問をもち、まず行動することが大切である」と述べました。まさしく功能氏はさまざまな体験から気づきを得て、その思いがARUNで結実しているように感じました。特に、幼少期に経験した障がいのある方との共同生活で得た「天分」への気づきは、近年、注目されているInclusion※3やNeurodiversity※4という概念に通じるものがありますが、私には、ビジネスや人間社会の暮らしを超越した、“与えられている”という、さらに生物の本質を表現する言葉のように感じました。
状況の悪化する戦争・紛争や気候変動をはじめとする環境問題など、グローバルな社会問題は国単位で解決することはできないことから、サステナブルな社会に向けた国際協調の必要性はかつてないほどの高まりを見せています。さまざまな問題や課題に触れ、気づきを通して成長していくというプロセスは、日常生活においても、ビジネスにおいても、とても大切なことだと感じました。功能氏のご活躍を、今後も応援してまいります。
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※1ピープルパワー革命:1986年に起きた、フィリピンのマルコス政権の独裁政治に反対し、マルコスを退陣させアキノ政権樹立に至るまでの革命
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※2W20:Women20の略称。G20(金融・世界経済に関する首脳会合)に向けて、女性に関する政策提言をおこなう組織体
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※3Inclusion:「包括」「包含」などの意。ビジネスや社会活動の文脈においては、多様な人びとがそれぞれの特徴や能力を生かして活躍できる状態を指す
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※4Neurodiversity:「Neuro(神経)」と「Diversity(多様性)」を組み合わせた言葉。脳や神経の働きにおける個人差を欠如や優劣ではなく多様性と捉え、理解・尊重しようという考え方
執筆:小泉 朋久
写真:池澤 健太郎

功能 聡子 こうの・さとこ NPO法人ARUN Seed 代表理事/創設者
国際基督教大学、ロンドン政治経済大学院卒。民間企業、アジア学院を経て1995年より10年間カンボジアに在住。NGO、JICA、世界銀行などの業務を通して、復興・開発支援に携わる。カンボジア人の社会起業家との出会いからソーシャル・ファイナンスに目を開かれ、その必要性と可能性を確信しARUN Seedを設立。