有識者に聞く
因果推論に基づいた高ベネフィット・アプローチによる医療とEBPMへの応用

電通総研は、世界的な課題解決に取り組む優れた若手イノベーターの発掘、支援を目的とするアワード「Innovators Under 35 Japan」(MIT Technology Review日本版主催)において、「電通総研賞」を贈呈しています。「電通総研賞」は、当社のビジョンである「HUMANOLOGY for the future - 人とテクノロジーで、その先をつくる。 -」と共鳴する活動をされている方々に授与するものです。2023年度の受賞者は京都大学白眉センターで公衆衛生学を専門にご研究されている井上 浩輔先生でした。※1
電通総研では、AIを活用したデータ分析の領域で今までにないソリューションの提供を目指しています。因果推論と機械学習を組み合わせた井上先生の革新的な医療研究に敬意を表するとともに、今後限られた医療資源の効率的な分配や個別化医療の実現に大きく貢献すると期待される取り組みであることが電通総研賞の選定理由となりました。今回のインタビューでは、井上先生の専門である因果関係を推測する方法や高ベネフィット・アプローチの医療分析への応用と公衆衛生学におけるデータ分析の必要性について、電通総研Open Innovationラボの松山 普一がお話を伺いました。

  • ※1
    2023年当時は「ISID賞」

井上 浩輔氏
京都大学白眉センター 特定准教授

2013年 東京大学医学部医学科卒。国立国際医療研究センター、横浜労災病院を経て、2021年 UCLA 公衆衛生大学院(疫学分野)で博士号取得。同年4月より京都大学大学院医学系研究科 社会疫学分野 助教、2023年4月より同分野及び京都大学 白眉センター 特定准教授。主な研究テーマは、医学研究における因果推論・機械学習の応用、予防・健康づくりに関するエビデンス構築。2023年度「日本医師会医学研究奨励賞」「日本内分泌学会若手研究奨励賞」, 2024年度「日本疫学会奨励賞」受賞。


松山 普一
株式会社電通総研 Open Innovationラボ

国内・国外の学術研究機関で経済学・統計学の研究者としてキャリアをスタートして2018年より現職。経済学とデータ分析のスキルを用いて、社会課題の解決のために研究開発に従事。近年は非財務データと財務データとの間の関係性の把握と、量子コンピュータを用いた数理最適化の研究開発を行っている。

医療データ分析とは?

── まず、井上先生がどのような研究をされているかをお聞かせいただけますか?

井上先生: 統計的手法を臨床疫学に応用させ、生活習慣病(糖尿病、高血圧、腎臓病、甲状腺疾患、心血管疾患など)におけるエビデンスを発掘し、そのデータを分析する研究をしています。私は、医師・研究者としての臨床の現場も大切にしつつ、公衆衛生学の研究も行っています。公衆衛生学の研究では、臨床の現場で感じた疑問を解決するためにデータ分析が欠かせません。

—— 具体的にはどのようなことでしょうか?

井上先生: 例えば、歩数に関する研究での出来事です。外来で患者さんから「平日は忙しくて歩けないのですが、週末だけしっかり歩いても意味がありますか?」という質問を受けました。これは多くの人が抱える疑問だと感じ、その質問をきっかけにして、週末だけの運動でも健康に効果があるかどうかを調べ、これを研究へとつなげたことがありました。

── 研究の結果はいかがでしたでしょうか?

井上先生:結果として、週に2日以上しっかり歩けば十分な健康効果が得られることがわかりました。具体的には、週に1〜2日でも8000歩以上歩く人は、週に1日も8000歩を達成していない人と比べて死亡リスクが大幅に低下し、その効果は毎日8000歩以上歩いている人とほぼ同程度であることが分かったのです。
このように「臨床と研究、その両輪を通して、世界の人々の健康増進に貢献したい」これが私の研究への考えです。

データ分析における注意点と因果と相関の違い

── データ分析をするうえではどのようなことに注意を払われていますか?

井上先生:はい、データの質と解釈には特に注意を払っています。研究の結果は、データの収集方法や対象者の特性によって大きく変わることがあります。例えば、米国のデータで得られた分析結果を、そのまま日本に適用できるかというとそれは難しい場合が多いです。日本と米国とでは生活習慣や医療制度など異なる点が多いからです。また、統計的に有意な結果が出ても、データを鵜呑みにせず、現場の感覚と照らし合わせながら解釈することが重要だと考えています。その結果が臨床として意味があるかを常に考えるようにしています。

── やはり、分析結果をドメイン知識に照らし合わせて解釈を試みるのはとても重要なのですね。分析するにあたって、特に因果と相関に注意を払われているとも伺いました。

井上先生:因果と相関は混乱するポイントです。2つの因子が結びついており、原因となる因子を変化させると、結果となる因子も変化する場合に因果関係があると言えます。例えば、新型コロナウイルス感染症の拡大時に糖尿病患者さんは重症化リスクが高いという報告がありました。これは相関を示していますが、必ずしも糖尿病と重症化の因果関係を示しているわけではありません。例えば糖尿病を有する人と重症化する人の特徴が似ているとこのような相関を認めることがあります。もし、因果関係を言うのであれば、「糖尿病を治したら新型コロナの重症化リスクが下がる」という事実を見つける必要があります。相関と因果は似ているようで異なる概念なので注意が必要です。

因果分析の政策への応用

── 井上先生はこの因果関係を統計的に明らかにする手法と機械学習の手法を組みあせて研究されていると伺いました。

井上先生:医学の特性上、同じ症状であっても患者の特性によって治療法が異なる場合があります。そのため、治療や介入の効果(Treatment Effect)が患者グループによって異なることを前提にした統計分析を行います。その最適なグルーピングを求める方法に機械学習を用いています。
このアプローチによって、医療資源の最適な配分を考えることができます。分析結果から、治療効果の見込みが高いグループと低いグループが検出できているので、効果が出やすいグループにターゲットを絞ること、そうでないグループには異なるアプローチを試すといったことが可能になります。

── これが、高ベネフィット・アプローチと呼ばれるものなのですね。政策にも応用できそうですね。

井上先生: おっしゃる通りです。この高ベネフィット・アプローチを用いて、米国において医療保険を提供することが健康を改善した集団の特徴を明らかにしました。その結果、医療保険を有する前に不健康であるにもかかわらず医療受診をしていなかったグループでは、血圧などの心血管リスク因子の改善をもたらすことがわかりました。これらの集団は、医療保険を得ることで医療へのアクセスが改善したために、このような結果が得られたと考えています。

── EBPMが注目されているなかで、高ベネフィット・アプローチによって示唆に富んだ政策提言ができそうですね。井上先生、本日はありがとうございました。

写真左より 電通総研 ヒューマノロジー創発本部Open Innovationラボ 所長 坂井 邦治、京都大学白眉センター特定准教授 井上 浩輔氏、電通総研 ヒューマノロジー創発本部Open Innovationラボ 松山 普一

スペシャルコンテンツ