地域の未来をつくる教育の力 ~鹿追町の挑戦~

日本各地で地域の持続可能性が求められる中、学校もその例外ではありません。少子化や人口減少に伴い、廃校が増加しています※1。このような状況の中、北海道鹿追町では地域活性化の観点から教育に力を入れ、町全体での取り組みを進めています。今回は、鹿追町の取り組みを通じて、地域活性を担う学校づくりとまちづくりの可能性を探ります。

聞き手:山﨑 聖子、合原 兆二

 

生徒たちが地域の主役

鹿追町の唯一の高校である鹿追高校では、入学者数が減少している中、さまざまな取り組みをおこなっています。「地域みらい留学※2」や「探究型学習※3」、「カナダ全員留学制度」などの教育プログラムを導入した当時の校長・俵谷俊彦先生(現・札幌国際情報高校校長)にお話を伺いました。

札幌国際情報高校 俵谷 俊彦 校長(前・鹿追高校校長)

-鹿追高校では、「地域みらい留学」をはじめとする、さまざまな取り組みを導入されていますが、具体的にはどのようなものですか?また、どのような経緯で始まったのでしょうか?

鹿追高校では「地域みらい留学」をはじめ、多様な取り組みを通して地域社会との結びつきを深めています。具体的には、2022年度に「地域みらい留学」プログラムへの参加を決め、募集活動を開始しました。そして2023年度には第一期生を迎え、十勝地域や北海道外からも生徒を受け入れる体制を整えました。2024年度には道外から7名の生徒が入学し、鹿追の地で新しい学びと体験を得る環境が実現しています。

「地域みらい留学」について考えるきっかけとなったのは、鹿追高校の前に勤務していた奥尻高校での経験です。そこでは、生徒たちが自分の学校に誇りや愛着を抱いていない様子に危機感をもちました。そこで、島根県の離島にある隠岐島前高校※4に視察に行き、廃校の危機を教育の魅力化によって乗り越えた姿に感銘を受けました。この経験をもとに、奥尻高校では2017年に「地域みらい留学」を導入。続いて2023年には鹿追高校でも開始し、地域の高校の魅力を高め、外からも選ばれる学校づくりに取り組んでいます。

さらに、鹿追高校は「鹿追創生アカデミア構想※5」というプログラムにも力を入れております。これは、生徒が単に学力を高めるだけでなく、地域の課題を発見し、仮説を立てて検証・改善するという「探究型学習」を実施するものです。また、希望者全員がカナダへ短期留学できるプログラムも設置し、留学費用の大部分を町が支援しています。さらに、鹿追町のオンライン公設塾も開設いたしました。こうした挑戦的な取り組みによって、地元の子どもたちや道外からの生徒たちが地域との強い結びつきを感じながら学べる環境を提供し、将来の鹿追町を支える人材の育成を目指しています。

-さまざまな取り組みをおこなう上で、成果が求められることもあるかと思いますが、どのような目標を設定されているのですか?

生徒の入学者数はもちろん、重要な指標の一つですが、最終的な目標は生徒だけでなく、鹿追町民全員のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)を向上させることです。入学者数に注目が集まりがちですが、短期的なKPIにとらわれることなく、長期的な視点で地域の活性化を図ることが大切だと考えています。

私は、子どもたちがまちづくりに主体的に関わることが地域に新たな価値をもたらし、それが町の魅力を高めると信じています。地域が独自の魅力をもつことは、他の地域にはない強みであり、鹿追町にとって何物にも代えがたい財産になるのではないでしょうか。このようにして生まれる魅力と価値が、鹿追町の未来を支える大きな力になるはずです。

-今後は、どのようなことが必要だと思いますか?

教育者の使命は、生徒がその能力を最大限に発揮できる環境をつくり出し、彼らが社会で活躍する力を育むことにあります。しかし、教育の目標は単に生徒の成長にとどまらない。地域の大人たちもまた、互いに触れ合い、学び合うことで成長していくことが重要だと考えています。地域と学校が共に学び、支え合うことが、未来のまちづくりには欠かせないのです。生徒たちには、地域の一員として自分たちの町を支えることの大切さを感じてもらい、大人たちは彼らがその力を発揮できる環境を整える役割を果たす。このような協力関係ができてこそ、地域全体が一つのコミュニティとして機能し、「真のまちづくり」につながると信じています。

  • ※2
    地域みらい留学:住んでいる都道府県の枠を超えて、日本各地にある魅力的な公立高校で高校3年間を過ごす国内進学プログラム。生徒の受け入れについて提携している公立高校は、全国35道県140校以上にのぼり、毎年800人以上が留学し、これまでに3200人の留学生を輩出している。一般財団法人 地域・教育魅力化プラットフォームが2018年に事業開始。
  • ※3
    探究型学習:生徒自身がテーマや課題を設定し、自ら情報収集や調査、考察をおこない、答えを導き出していく学習法。生徒の主体性や問題解決能力、批判的思考を育むことを目的とし、実社会の課題をテーマにすることも多く、地域との連携を通じた実践的な学びが重視される。
  • ※4
    隠岐島前高校:島根県隠岐島前地域にある唯一の高校。全国に先駆けて高校の魅力化に取り組み、「島留学」として、日本全国から生徒が集まる。
  • ※5
    鹿追創生アカデミア構想:鹿追高校が取り組んでいる教育改革の構想。鹿追高校を町の最高学府として、地域創生の核となる学び舎にすることを目指している。
  • 可能性を「信じ込むこと」

    鹿追町では教育を学校の中だけのものではなく、まちづくりの一環として捉えています。域外からの生徒を受け入れることで、どのような変化があったのでしょうか。また、今後の展望はどうでしょう。続いて、教育現場に携わる鹿追町教育委員会にお話を伺いました。

    鹿追町教育委員会の皆さん
    左からシンボ・グレン 学校教育課国際バカロレアコーディネーター、渡辺 雅人 教育長、
    宇井 直樹 学校教育課長、天野 健治 学校教育課学校教育指導室室長

-教育委員会としての苦労はどんなことがありましたか?また、「地域みらい留学」などの取り組みをおこなう中で、変わったことはありますか?

鹿追高校は30年ほど前から廃校の危機が叫ばれており、過疎化が進む中で、学校の存続には町全体での支援が欠かせない状態でした。鹿追高校は北海道立の高校であるため、北海道としてできることと、町としてできることとの間に制約があり、両者が一体となって進めていくのは、決して簡単ではありませんでした。しかし、俵谷前校長をはじめ、多くの方の情熱によってさまざまな取り組みが実現しました。

そんな中、予想外の成果も見つかりました。それは多世代交流の促進です。鹿追町には高校生がアルバイトをする場所があまりありませんが、福祉施設は人手不足に悩んでいました。そこで高校生たちは地域の福祉施設でアルバイトをする機会を得て、さまざまな世代との関わりが生まれました。その結果、町には自然と活気が生まれ、若者の存在によって地域が「明るく」なっただけでなく、世代間の交流が活発化し、高校生と住民が互いに支え合うよいサイクルが生まれています。また、地元企業と共に商品開発をするなど、企業との協業も進んでいます。生徒にとっては貴重な経験ができ、企業にとってはフレッシュなアイデアを得ることができるなど、その相乗効果はまちづくりに大きなインパクトを与えると思います。このような鹿追高校と地域の連携は、単なる学校の存続にとどまらず、地域活性化にもつながる貴重な一歩となっています(宇井学校教育課長)。

-さまざまな活動を推し進める上で大切にしていること、今後の展望などはありますか?

渡辺 雅人 教育長
 

教育がいかに地域のまちづくりに貢献できるかは常に考え続けている課題です。卒業後に町を離れる人も多い中、一番の喜びは、卒業生が全国各地で活躍し、「鹿追高校で学んだことは間違いではなかった」と感じてもらえることです。それを実現するために、魅力ある教育プログラムの開発にも力を入れています。鹿追町では中学校から国際バカロレア※6教育を導入し、生徒の自主性や地域の課題解決を意識した教育を進めています。これは国際的な視点をもつ柔軟で創造的な力を育むために不可欠だと感じています。

しかし、このような取り組みの成果はすぐには表れません。だからこそ、推進していくためにはその可能性を「信じ込むこと」が重要だと感じています。信念をもって継続し、さらには進化させていくことで、地域と学校が互いに支え合う未来が見えてきます。待っているだけではなく、積極的に取り組むことで、教育が地域の活力を生み出し、新しい風を呼び込むきっかけとなることを願っています(渡辺教育長)。

  • ※6
    国際バカロレア:スイスに本部を持つ国際バカロレア機構(IBO)が提供する国際的な教育プログラム。批判的思考や多文化理解、問題解決力を養うことを目的に、探究型学習を重視した教育をおこなう。

人口減少に特効薬はない

鹿追高校では「地域みらい留学」に加え、「カナダ全員留学制度」もおこなっています。費用は町が負担しており、決して潤沢とは言えない町の予算から、教育に注力した背景にはどのような理由があるのでしょうか。鹿追町の喜井知己町長にお話を伺いました。

鹿追町 喜井 知己 町長
 

-鹿追町が教育に力を入れているのは、どのような背景や課題感からでしょうか?

鹿追町が教育に力を入れている背景には、町唯一の高校が廃校の危機に直面していたという現実があります。少子化や人口減少の影響で、以前から学校の存続が危ぶまれてきました。もし学校がなくなれば、町全体が寂れていってしまう、そのような光景を他の地域で目の当たりにしてきたこともあり、鹿追町にとっても「学校をなくしてはいけない」という強い思いがありました。学校の存在が町の活力そのものにつながると信じているからこそ、財政的な負担は重いものの、教育には代えがたい価値があると考えています。今ここで手を打っておかないと、あとで取り返しがつかなくなるかもしれないという危機感もあります。だからこそ、早め早めの対策を講じ、学校と地域が共に歩む道を模索しながら、鹿追町全体で教育を支える取り組みを続けています。

-多くの予算がかけられていると思いますが、住民の理解や議会での承認を得るために、どのようなことをされましたか?

教育に力を入れる鹿追町ですが、その活動や学校の重要性について、町議会議員や住民の理解を得ることは簡単ではありません。「なぜそこまで教育にお金をかけるのか」という声も時折聞かれる中、町議会議員や住民の皆さんに教育活動を直接見てもらい、少しずつ理解が広がるよう取り組んでいます。

特に、鹿追高校が実施するカナダへの全員留学制度は財政的にも大きな投資ですが、これが将来的に地域に貢献するとの信念を持って進めています。高校生の時期に海外に行く経験をするということはとても価値のあることだと思います。選抜して海外に行くことはよくある話ですが、基本的に全員が行くということに非常に意味があると思っています。

また、「地域みらい留学」の制度で地元の子どもたちだけでなく、町外からの子どもたちも鹿追町の学校で学ぶことで、地域の人びととの交流が生まれ、互いにとてもよい刺激となっています。このような取り組みを通じて、町全体で町外からの生徒を受け入れ、支援していこうという機運も高まっており、学校が地域の一体感を生む存在としてますます重要な役割を果たしています。

-町として「教育」の重要さはどのようなことだと思いますか?また、日本全国の自治体で同じような悩みを感じているところも多いと思います。これから継続していく上で、どのような視点が必要なのでしょうか。

学校の存在は地域にとって欠かせないもので、もし学校がなくなってしまうと、地域全体が活気を失い、社会的なつながりが希薄になりかねません。特に、過疎化が進む中山間地域※7や小規模な自治体にとって、学校があることは、町の将来のための希望の象徴でもあります。鹿追町においても「教育」はまちづくりに不可欠な要素と考えられています。教育を通じて子どもたちの将来を豊かにし、地域全体で子どもたちを支援する体制が整っていることは、町にとって大きな誇りです。地域住民の協力や理解のもとで、子どもたちを共に育む環境が整えられていることは、町全体が一丸となって未来を見据え、活力ある地域を築く一歩となると思っています。とはいえ、現実的には人口減少という厳しい問題に直面しており、これを一朝一夕で解決することは難しいのが実情です。だからこそ、鹿追町では長期的な視点をもって、地道な努力を続けることが重要だと考えています。

鹿追高校で3年間を過ごした生徒たちがその後さまざまな場所で活躍してくれることは、町として誇りであり、また、卒業後に再び鹿追町を訪れてくれる姿を見るととても喜ばしく思います。地元出身者であれ、町外から来た生徒であれ、鹿追町で過ごした時間が彼らの心に深く刻まれ、「お世話になった」と感じてくれることは、町が教育に注力してきた成果の一つといえます。教育を受けた人がその地域に愛着をもち、卒業後も訪れてくれるのは、地域にとっての大きな財産です。鹿追町も人口が緩やかに減少しているのは確かですが、少しずつ積み重ねる努力が、いつか未来の鹿追町への大きな貢献につながると信じています。 

  • ※7
    中山間地域:平野部と山間部の中間に位置する地域。

まとめ:教育と地域の結びつきが地域を活性化する

2023年から「鹿追高校みらい留学コーディネーター」を務める吉村卓也さんは、「学びの場所が学校だけにとどまらず、地域の人たちが育ててくれる」と語っています。また、鹿追高校教頭の嶽山敏嗣さんは、鹿追高校の魅力となっている探究型学習や、県外にいる教育者と生徒をつないで放課後もバーチャルな学びが可能となるSOC(Shikaoi Online Commons)※8の取り組みについてもご紹介くださいました。

教育は地域活性化の重要な要素の一つであり、地域全体で教育を考えることは持続可能な地域づくりに欠かせません。鹿追町の取り組みは、教育への投資が地域全体の魅力を高め、活力を生み出す可能性を感じさせられました。地域における教育への投資は、短期的な成果だけでなく、長期的な視点からも地域活性化に寄与するのではないでしょうか。今後、日本の多くの地域で教育と地域の結びつきを強化し、豊かな地域社会が築かれることを願っています。

  
  • ※8
    SOC(Shikaoi Online Commons):北海道鹿追町が運営するオンラインによる公設塾。無料で利用できる。
 


執筆:合原 兆二
撮影:吉村 卓也 氏

取材協力
鹿追高校みらい留学コーディネーター 吉村 卓也 氏
北海道立鹿追高校教頭 嶽山 敏嗣 氏
北海道大学 産学・地域協働推進機構 客員教授 樋泉 実 氏

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