日本の「食」にみる潜在価値
コロナ禍を経て、日本では訪日外国人旅行者数が過去最多を更新する勢いです。そして、海外から日本の「食」への注目も高まっています。長年、日本の食品の輸出促進に携わられているJFOODOの北川浩伸氏に、日本の「食」の潜在価値と、地域における取り組みの可能性について伺いました。
2030年までに日本の農林水産物・食品の輸出額5兆円を目標に
私はJFOODO(ジェイフードー)という組織に所属しています。2017年に日本の農林水産物・食品のブランディングを目的に「オールジャパンでの消費者向けプロモーション」を担う新たな組織として、JETRO(日本貿易振興機構)内に創設されました。JFOODOの「DO」は、「道」からとっています。海外でも知られている武士道や剣道、柔道、空手道などと同じ「道」で、JFOODOは「食の道」を表現していまして、“極める”という思いを込めています。
JETROとの役割の違いは、JFOODOは海外の消費者に直接日本の「食」をPRする点にあります。JFOODOでは、実際に消費者へどう訴求していくか、そして需要と消費の拡大を図るという役割を担っています。海外でもJFOODOと似た取り組みをおこなっている事例があります。例えば、フランスのSOPEXA(フランス食品振興会)は、フランス産の酒類・食品の存在価値を高め、その輸出促進を図ることを目的に設立された組織で、長くフランス産ワインの輸出と普及に取り組み、その結果、現在ではフランス産ワインは世界中で広く認知され、消費されるようになりました。
日本政府は、「農林水産物および食品の輸出額を2025年までに2兆円、2030年までに5兆円にする」※1と目標を掲げています。2023年は、約1兆4500億円という状況でした。2030年の5兆円という目標に対しては、対策や取り組みを加速させ、新たな訴求方法も考えていくことが必要です。
輸出とインバウンドの循環システム
現在、日本では訪日外国人旅行者数がコロナ禍の前を超えるほど増えている状況です。JFOODOは輸出促進が主な役割なのですが、好調な輸出とインバウンドの循環システムをつくりだすことがとても重要だと考えています。日本から海外に農林水産物・食品を輸出して、海外で認知してもらって、実際に食べてもらう。そして、本物を求めて日本に旅行に来る。インバウンドが増えて、日本国内での消費が増える。そうすると、日本も経済的に良い方向に向かうでしょう。
この循環システムを回すうえで、大事なことがあります。それは、関係者のモチベーションを保ち、向上させていくことです。食に関する生産者の所得向上、そして、中でも農業従事者を増やしていくことにつなげていかなければなりません。現在、農業従事者は全国で116.4万人※2、そのうち65歳以上が82.3万人※3という状況です。食料安全保障の観点からも、非常に深刻な状況です。農業従事者を増やしていかなければ、食に関する生産量も増やすことができず、生産量を増やすことができなければ、輸出に回せる分も当然少なくなります。インバウンドの力も借りながら、日本国内全体で「食」で稼ぐ力を高めて、生産者の所得を向上させ、農業従事者を増やすというスキームを作りながら、同時に海外マーケットの拡大も狙っていく、という戦略で考えていく必要があると思います。
海外消費者の消費熟度と消費の成長モデル
次に、訪日外国人旅行者に対してどのように日本の「食」を訴求するか考えてみます。これは「消費軸」と「時間軸」の2軸で整理できるのではないかと思っています。食の「消費軸」とは、消費熟度のことです。日本の「食」に対して、非常に熟度が高い人もいれば、そうでもない人もいます。熟度によって手に入りやすい食品を求めているのか、伝統的な日本料理のような職人の技を求めているのかは異なります。もう一つは、「時間軸」です。数日しか滞在できない人は、おおよそ都市部とその周辺だけにとどまって帰国してしまいます。一方、数週間から1か月程度滞在する人でしたら、地方へと足を延ばす人が増えるのではないかと思います。これは仮説の域を出ませんが、同じ訪日外国人旅行者として一緒くたに考えるのではなく、求めているものは異なるということを意識しなければいけません。日本の「食」の価値はどこにあるのか、何が求められているのかを整理して考える必要があると思っています。
消費熟度が上がることで、食するものが変わってきます。「消費熟度は多段階である」という考え方はまだあまり広がっていないように感じます。フランスのワインが徐々に日本で浸透してきたように、海外の消費者に日本の「食」の良さを、段階をつけて理解してもらうよう促すことが必要です。日本の「食」になじみのない初心者には、食べやすいナショナルブランドのお菓子を勧め、まずは親日度を醸成し、続いてカップ麺を提供して日本の「食」を印象づけ、さらにラーメンなどに発展させ、続いて丼物、お寿司といったように時間軸を設定し、消費者の熟度を上げるという戦略です。消費者の熟度の発展にはさまざまなバリエーションがあり、どう工夫して組み立てるかが腕の見せ所でしょう。私たちが、日本の「食」の分野において外国人の消費熟度をどのように成長させるかは、これからだと思っています。幸いなことに、日本は北から南まで多様な気候・風土をもち、その土地に合った食材や食品があり、その地域で育まれた食文化があります。食を彩る器についても、地域ごとに伝統工芸品があり、日本の「食」に関する価値はまだまだ高めることができるでしょう。
日本の「食」×アニメの可能性
日本の「食」×アニメの可能性
日本の「食」を海外でプロモーションする際に、アニメやマンガと組み合わせて発信するのが有効ではないかと長年いわれ続けてきましたが、取り組んでいる例は少ないです。JFOODOでは、『ラブライブ! サンシャイン!!』というアニメとコラボレーションし、アメリカ・ロサンゼルスで開催されたアニメイベントで日本産食材を使ったミールボックスを販売したところ、これが好評で、用意していたものはほぼ完売いたしました。『ラブライブ!サンシャイン!!』は、海外でも人気のある作品です。日本の「食」を体験してもらうきっかけとして、アニメを活用することで広がる可能性も実感できました。「食」単体ではなく、魅力的な他分野とどう組み合わせ、いかに高付加価値化していくかを緻密に設計することがカギになると思います。アニメやマンガなどのコンテンツの海外展開は年々伸びており、日本の「食」を伝える起点として活用することは非常に有効です。今回、ご紹介した『ラブライブ!サンシャイン!!』は静岡県沼津市を舞台にしたアニメです。食とコンテンツを掛け合わせた取り組みは、地域を活性化させる一つの方法として、参考になるのではないでしょうか。
グローバル人材の育成
グローバル人材の育成
ここまで、日本の「食」の価値を海外に伝えるためにはどのような戦略が必要かを話してきました。しかし、それを実行できる人がいないと机上の空論で終わってしまいます。そうならないためには、グローバルに活躍できる人材の育成が欠かせません。今のままでは、「食」に関わる人がどんどん減っていくのではないかと懸念しています。よく「ものづくりはひとづくり」といわれますが、次代を担う人材育成がこれから必要となります。その一つの方法として大学や高校との連携があります。例えば農学部のある大学とのネットワーク構築や高校とのコラボレーションなど、少しでも日本の「食」に興味をもってもらい、将来の進路の選択肢の一つとなればよいと思います。
また、個人事業主や規模のあまり大きくない企業が多い「食」産業だけで、日本の「食」を海外に発信するのは非常に難しいです。産業間・企業間でコラボレーションをすることが不可欠だと思います。それは自治体間でも同じです。例えば、山形県鶴岡市は「食」の都市であると市を挙げて押し出すなど、「食」の価値向上によるまちづくりに取り組んでいる自治体も増えてきています。そういった取り組みを単独の自治体で終わらせるのではなく、他の自治体と横の連携をすることも必要だと思います。
日本の「食」の価値、魅力をしっかりと定義して海外に発信する。そして、日本国内で稼ぐ力を高めて、食に関連する人や地域の人たちがもっとモチベーション高く取り組めるようにする。さまざまな分野とコラボレーションしたり連携したりすることで、経済の好循環にもつながっていくのではないかと考えています。それが、日本の「食」の国際的な競争力の強化につながると信じています。
2023年の訪日外国人旅行者数はコロナ禍前の約8割まで回復し、2024年はそれを上回るペースで推移しています。※4その一方で、局所的なオーバーツーリズムが社会問題となっております。都市部以外への分散が不可欠となっている今、あらゆる地域と親和性の高い「食」と海外人気の高いコンテンツを活用した取り組みは、地域経済を活性化させるうえで、とても有効だと感じました。ただ一過性で終わらせるのではなく、持続可能な取り組みとするため、さまざまな連携、協働することがとても重要だと感じました。
執筆:合原兆二
写真:八田政玄
北川 浩伸 きたがわ・ひろのぶ 日本食品海外プロモーションセンター(JFOODO)執行役 1989年日本貿易振興会(当時)入会。ロンドンセンター、総務部総務課長、サービス産業部長、ハノイ事務所長などを経てJETRO理事。2021年7月より、JFOODO執行役をJETRO理事と 兼務し、同10月からJFOODO執行役。2019年10月、ベトナム政府より「ベトナムの投資計画事業への貢献」に対し表彰を 受ける。OECD、経済産業省、外務省、日本経団連、経済同友会、大学、業界団体、企業などでの講演多数。NHK「クローズアップ現代」、「NHKスペシャル」などテレビ番組にも解説出演多数。