アナログの魅力をどうデジタルで伝えるか――ときがわ町×電通総研の挑戦。
埼玉県のちょうど真ん中あたりに位置し、町の7割が森林という自然豊かな町、埼玉県ときがわ町。同町のDX施策として2024年8月に公開されたのが、かつて国立天文台でもあった「堂平天文台」のデジタルミュージアムです。
今回は、ときがわ町の商工観光課で町内施設の管理や観光施策の立案・実行を担う松丸友重氏と、地域活性化起業人としてときがわ町の観光を支援する福本浩一氏、今回のデジタルミュージアムの企画・開発を担当した当社 X(クロス)イノベーション本部の畔田卓哉に、自治体がDXを活用した観光施策に取り組む意義やデジタルミュージアムの開発秘話を伺いました。
地域活性化起業人の着任で情報発信・DX推進に拍車がかかる
埼玉県ときがわ町は、名前の通り町の中心に「都幾川」が流れ、その川沿いには四季折々の花が咲き乱れるなど、自然豊かな観光資源を有する町です。この町にはかつて、国立天文台として運営してきた「堂平天文台」があり、日本の天体観測をリードしてきた歴史があります。堂平天文台は2000年9月に研究目的としての役割を終え、町に譲渡されると宿泊施設などを備えた森林体験施設「堂平天文台 星と緑の創造センター」として新しく生まれ変わり運営してきました。
同町がデジタルを活用した観光施策に取り組み始めたのは2024年はじめのこと。
きっかけは、地域活性化起業人としてときがわ町に着任した福本氏の存在だったといいます。
地域活性化起業人とは、企業と地方自治体が協定を結び、社員を地方自治体に一定期間派遣し、企業の専門的なノウハウや知見を生かしながら地域活性化を図る総務省の取り組みです。
「ときがわ町は色とりどりの花や透明度が高く多くの魚が泳ぐ川など自然の魅力があります。それらの自然を生かした川でのアクティビティや川沿い・山などのサイクリングなども盛んです。また、古民家などを改築した雰囲気のいいカフェも点在し、ハイキングにもうってつけ。これらをうまく広報したいと思いました。最終的には町に訪れてほしいのですが、足を運んでもらう前にまず興味を持ってもらわなければ…着任した当初『やれることがたくさんある』そう感じていました。そのために広告代理店とシステム関連会社で務めていた経験やリレーションが生かせるのではないかと考えました」(福本氏)
「ときがわ町は2019年度から2027年度までの9年間を計画期間とする『第二次ときがわ町観光振興計画』を策定し、施策を推進しています。第一次計画でも取り組んできた『ひとづくり・ものづくり・ことづくり』という重点事業に『プロモーション(情報発信)』を新たに加えました。それに則り、町内の魅力を福本さんの力を借りて、デジタルで発信しようと考えたのです」(松丸氏)
すでにパンフレットの作成やポスター掲出など情報発信に力を入れていた同町は、福本氏の着任で情報発信、そしてDX推進に拍車がかかり、福本氏が以前付き合いのあった電通総研に声をかけ情報交換をする中で、デジタルミュージアムの構想が浮かんできました。
最新技術を活用したデジタルミュージアム
一方、電通総研は期を同じくしてデジタル技術を活用した自治体支援のソリューションを模索していました。なかでもメタバースやVRを扱う畔田のチームでは、観光資源や文化・伝統継承を目的としたデジタルミュージアムのPoCを進めていたのです。
「これまで私たちのチームでは、製造業向けに技術伝承や技術者教育のためのxR(VR/AR/MR)・メタバースソリューションを開発・導入してきました。しかし、この技術は製造業の領域だけでなく、観光や地域の魅力発信にも応用できるのでは?と仮説を持っていました。地域の魅力をリアルに伝えることや、文化・伝統を継承していくのにも使えると考えたのです。これまでは製造業の課題に特化しヘッドマウントディスプレイを利用してきました。今回、幅広い方にメタバースに触れてもらうために、Webブラウザ上で3Dデータを扱う技術の検証を行いました。次にPoCのパートナーとなってくれる自治体を探していたところ、ときがわ町からお声がけいただいたのです」(畔田)
「堂平天文台をテーマにしてはどうか」という話から、急速にプロジェクトは進みました。3月にアイデアが出され、5月には実際に堂平天文台に足を運んで撮影が行われ、7月にはWebサイトが出来上がったといいます。
順調に進んだように見えるデジタルミュージアムの開発ですが、技術的に解決すべきことがたくさんあったと畔田は振り返ります。
「3Dデータは画像や動画と比べてファイルサイズも大きくなってしまうため、Webサイト上でも読み込みスピードが遅くなってしまいます。これまで製造業向けに提供してきた技術などを生かし、データの軽量化やサーバ検証を行うことで解消しました。また、クラウドサービスの多くは、データ転送量に対しても従量課金が発生してしまうため、単純にクラウドでWebサイトを構築してしまうと、クラウドのインフラ費用が高額になってしまうので、クラウドの選定やアーキテクチャの工夫も行いました。」(畔田)
「また、フォトグラメトリをはじめとして、AI技術やセンシングの進歩により、NeRF(Neural Radiance Fields)や3D Gaussian Splattingなどの手法が登場していたり、スマートフォン単体でも3Dスキャンが可能になったりと、Web上での三次元表現も様々なアプローチが可能になってきています。今回、様々な場所・物体を様々な条件下でスキャンすることとなったため、最適な方法を試行錯誤しながら実施してきました。スキャンされた3Dモデルの再現精度やシステムとしての扱いやすさなどで技術的手法を選定していきました。さらには法務的な観点でも考慮が必要でした。3D Gaussian Splattingをつかったサービスの中には、まだ新しい技術であるためか規約などが整備されておらず、商用で使いづらいものもあったからです」(畔田)
こだわりは足を踏み入れたときの高揚感
「私たちは技術的な課題が発生したことは知らず、円滑に進行したと感じていました」。
松丸氏はプロジェクトをそう振り返ります。実際に撮影から2か月ほどで、Webサイト上の3Dデータを見られるようになり、その後ロゴやデザインをはめ込むことで、2024年8月堂平天文台のデジタルミュージアムは完成しました。
「堂平天文台には91㎝の反射望遠鏡があり、観測所内に足を踏み入れるとワクワクする高揚感が得られます。デジタルミュージアム上でもこの反射望遠鏡やそれを包み込む屋根の高さ、そしてドームを開けたときに広がる空、これを再現したかったのです」(松丸氏)
そのこだわりを受けて、電通総研は、堂平天文台の建物外から中に入り、入口の「堂平観測所」の札を見ながら扉の中に入る、そして通常入ることのできない観測所の2階からも撮影し、ドームの中から空を見ることのできるミュージアムにしました。
堂平天文台 デジタルミュージアムはこちら:
https://tokigawa-digital-museum.net/
「私たちとしては非常に満足しています。リアリティのある天文台の映像はもちろん、バナーやサイトのデザインなど、こだわりを持って作りこんでくれました。国立天文台だった時代から堂平天文台に携わる方も、非常に喜んでくれたのが印象的でしたね」(松丸氏)
自治体のDX推進を加速させるポイントは、自治体職員と技術をつなぐ存在
福本氏は今回のプロジェクトを完遂し、自治体のDX推進について次のように話します。
「今回、プロジェクトをご一緒させていただく中で、デジタルミュージアム以外の部分でも電通総研の方から新しい技術を紹介いただき、自治体での応用可能性も様々にディスカッションさせていただきました。規模の小さな自治体では、まだまだIT人材が不足しているのが現状です。自治体内の業務効率化、広報活動、市民サービスの開発、どれをとってもデジタルと密接に関係すると思いますが、どのような技術がどのような業務に使えるか判断することも自治体にとっては難しい。そういった自治体において電通総研のような人たちが、どんどん課題と解決策をつなぐ役割を担ってもらえればと思います。」
自治体内でのデジタルミュージアムの評価を受けて、今後の展開について松丸氏は次のように語ります。
「ときがわ町には、国宝がある慈光寺や花のきれいなエリア、透明度の高い三波渓谷など多くの景勝地があります。デジタルミュージアムの技術を活用して、リアリティをもって見てもらい、ときがわ町を訪れるきっかけになってもらえればと思っています」
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